(綾主)





屋上で昼食を取っていた。この寒い時期になんで、と訊かれれば無論人が少ないからだ。ざわついた場所で食べるのは好きではない。これだけは昔から変わらないことだった。朝や夜に食卓を家族で囲む経験が無かったからかもしれない。仲間が増えた今でも慣れないし居心地の悪さを感じることもあった。
ゆっくりと咀嚼をしていると、屋上の扉が開く重い音が聞こえた。顔だけ向けたらクラスメイトがいて頬を朱く紅潮させていた。息も切らしている。走ってきたのだろうか。


「みつけた」
「おはよう」
「おはよう…って、もうお昼だよ?」
「まだ朝から話していなかったから」


望月綾時。転入してきてから日の浅い帰国子女。女の子の扱いに関して相当な手足れ。そして自分と彼がこうして二人で話すのは実は初めて。順平や友近、岳羽を交えて会話をしたことなら何度もあるけど、いざ二人で、というのは無い。それなのにその気がしないのはとても不思議なことだった。普段から会話は頻繁にしていたからだろうか。どうもそれだけが要因な気は全くしない。


「ご飯の邪魔?」
「いや、もう食べ終わる」
「良かった。隣座るね」


そう言って空いていた左隣のスペースに座った。自分も最後の一口を口に放り込む。
望月は見つけた、と言っていたけど自分を探していたのだろうか。何か急用でもあるのかと思いきや、一向に正面の海を見つめるだけで何も話そうとしない。いつも饒舌な彼がこれ程に無口なことは初めてだった。

だからと言ってこちらから会話を振るほど気の利いたことは出来ないので同じように黙って海を見ていると、望月が閉ざしていた口を開いた。


「海、綺麗だね」
「うん」
「君はいつもここでご飯を?」
「静かで心地いいから」
「そっか」


でも言葉数は少なくて在り来りな会話をしたら再び静寂が訪れた。海から流れてくる風の音だけが聞こえる。あとは自分たちの呼吸をする音だけ。世界と切り離されたように此処は自分たちのテリトリーだった。


「…あの、」
「なに」
「やっぱりなんでもない、です」


なんで敬語、思わず口にした言葉に望月は申し訳なさそうにへらりと笑う。変な奴だと思いつつボーッと海を見つめた。
冬に近付くにつれて太陽が高くなる。その分地上に届く光が弱くなって、でもその弱さが海の水面に反射した時に目に負担の掛からない程度の丁度良い水の輝きになる。とても綺麗で。秋に有りがちな哀愁を感じた。

左手に、何か感じる。目線をずらして手の先を見ると、雪のように白い右手の指先が自分の左手に恐る恐る触れていた。そのまま目線を上げて望月を見ると、無表情で海を見つめたままだった。
彼の行動に含まれた意味が良く解らなかった。でも嫌じゃない。だから自分も視線を再び海に移して真正面だけを見ることにした。

(きもちいい)

触れられることも昔からあまり好まなかった。人の体温が自分に移ることが心地いいとは思えなかったから。でも今は、今だけはそんな意地がどうでもよくなって、徐々に増える相手との面積に安堵する。
だから少しだけ、重なりつつある手の平に指先を触れてみた。すると一瞬、望月の指がぴくりと動いた。びっくりしたんだろうなあ、とぼんやり考えていると、今度は躊躇無く指と指の隙間を無くすように絡められる。ぎゅうと手を繋ぐ形になっても尚目と目は交差せず、互いに海を見たまま。


「伝えたいことがあります」


畏まった物言い。緊張しているのか、繋いだ指先が少し震えている。だからより一層手と手の隙間を埋めるように繋ぐ力を込めて先の言葉を待つ。この行為はきっと、無意識の催促だ。


「君が好きです。」


すきです。
心の中で望月の言ったことを復唱する。すきです。すきです。


「僕は、」


(言わなくたってきっと解ってる)



離れられない、離れたくない




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