(綾主前提、綾+ゆか/3年生捏造)





その時、やはり私では敵わない存在なのだと思い知らされたようだった。神様はなんて狡くて贔屓で思い通りの道に進ませてくれないのだろうと激しく詰った。何故、私ではなかったのでしょう。何故、あの子だったのでしょう。


少し遅い時間になってしまった。予備校から寮に帰ってくると、ラウンジの光が扉から漏れている。まだ誰かが居るみたい。キィと音を立てて扉を開いて中に入ったらコロマルがゆっくりと近づいてきた。綺麗に澄んだ真っ赤な瞳で見上げる姿はやはりとても愛らしいと思う。


「おかえりなさい」


綺麗なテノールの声に出迎えをされた。その声は今はもう居ない彼のそれとよく酷似しているので、彼がまだ此処で息をして生活しているのではとやりきれない現実逃避を繰り返す。その度に私は相手に悟られまいと爪が食い込むまで拳を握って、襲って来る誘惑に打ち勝とうとする。この少年の存在を受け入れてしまえば、彼は何をしたって戻ってこない気がするから。

(でもそんなのはただの自己暗示で結局のところ彼と表裏一体だったこの子がここに居る時点で世界はその存在に上書きしてしまった。本当は解ってる、受け入れたくないだけなの)


「そんな、恐い顔しないで」
「…ごめん、疲れてるだけよ」
「本当にそれだけ?」


私とは目線を合わせない。足元のコロちゃんを撫でたり笑いかけたりしながら、こちらを頑なに見ようとしない。相変わらず白くて細い手、これが彼の中で作られたものだということにすら少しだけ腹立たしかった。これではまるで、置き土産と同じなんだもの。

綾時君が戻ってきて、彼が居なくなって。数ヶ月前の大晦日にあった出来事と逆のことが起ころうとは、寮の誰もが想像していなかった。
「お前はまだ生きているから、ここで過ごすなんて勿体ない。そう言って背中を押されれば此処に居た。君達の前に立っていた」…綾時君は確かに戻ってきた。私に、彼はもう居ないという決定的な事実と一緒に。


「ねえ、ゆかりさん」
「なに?」
「彼が居ない日常は、寂しい?」
「…寂しいよ、とても」


どんな表情をしていたのかは解らない。窺えなかった。ただコロちゃんを撫でていた。でも小さな声で、おあいこ、と呟くように言ったのだ。その言葉だけがやけに耳に残った。
彼に似た声で、彼の居場所で、彼が過ごすことが出来なかった時間を、今日も従順に準える綾時君は何を思うのだろう。私には解らない。そして羨ましくて少しの妬ましさもある。私には無い繋がりを持っている。ずるいのに、綾時君自身はとても優しい。だから尚更、綾時君の存在自体に悪意が無いことを知り、与えられる思いやりを無下には出来なくて。


「なんかほんと、立場的に卑怯だよね、君」
「この先精一杯利用させてもらうよ」


なんで私こんな男に劣っているんだろう。イラッときたから旋毛の辺りに拳骨を落としておいた。痛いと嘆く綾時君の声を聞いて、もし彼も嘆いたならばそっくりな反応をしたのだろうかと考える。でもやはり今となっては確かめようがなく、現実は私たちにとても辛辣だった。



掌から惑星




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