(綾主前提、真+主/3年捏造、ドラマCDネタバレ)





空き家となった巖戸台の分寮の前でそいつと遭遇したのは、ほんの数十分前のことで、そこから少し歩いたところにある長鳴神社まで二人で歩いた。賽銭箱に10円玉を投げ入れると二つ分の音が箱の中で響く。両手を合わせて瞼を閉じる彼は何を願うのか、知りたくない訳じゃなかったが触れないほうがよいと直感的に悟った。
あの分寮も年が明ければ取り壊される予定らしい。皆それぞれの道を歩く為に、思い出が溢れ過ぎたあの場所は記憶の中に留めておくのが一番いい、という美鶴の計らいだ。元々は特別課外活動部の拠点にしていた場所で、もう用の無いものを留めておく必要がないという理由もあるはずだ。


「あ、たこ焼き」
「熱いから気をつけろよ」


いくら11月の頭だとはいえ、肌寒くなった気候の中に一人待たせたのは悪かったかもしれない。軽いランニングのつもりで駅前のたこ焼きを買ってきて二人で楊枝で突っついた。気をつけろ、と忠告したというのに喉が焼けると涙目で胸を抑えている。確か猫舌だったろう、なのに無理して。

ベンチに座った二人の間に申し訳なさそうに置かれたたこ焼き。何をするわけでも無く、目の前の砂場をじっと眺めていた。相変わらず口数の少ない奴だけど沈黙が辛いわけじゃない。寧ろそれが彼の良い部分であり悪い部分だと思う。


「何で寮の前に居たんだ」
「…思い出、たくさんあるし」
「だけどお前、順平達が誘ってもあまり来たがらなかったそうじゃないか」
「今日は特別なんです」


残り二つのうちの一つに楊枝を刺して口許に持っていく。かと思いきやそのたこ焼きを見つめて動きが止まったそいつは、どこか懐かしむように笑った。


「たこ焼き、ここで食べたことがあって。順平と綾時と、知り合いの人と4人で」
「…そうか、今日は確か」
「僕と順平以外は、もう居ないけど」


そう言って成瀬は刺したままだったそれを口の中へ放り込んだ。残りはどうぞ、と言われたが感傷に浸る人間の目の前で最後の一つを食べる勇気は無かったのでその申し出は断った。尚更お前が食うべきだろう。
普段はあまりこの付近へ近寄らない成瀬が寮に足を運んだ理由、今日に限ってやけに表情を豊かに見せる理由、それが全てあの少年に繋がることに気付けば成瀬の心理なんて簡単なものだった。だが決して弔いに来た訳じゃない。こいつは少年の残像に会いに来たんだ。

(俺の立場、少し荷が重い役だったか)


「あいつのお陰で、最近、皺くちゃで頭が真っ白の爺さんになるまで生きてみるのも悪くないって思うようになりました」
「お前、年取るのか?」
「変なこと言わないで下さいよ…」


成瀬が皺くちゃの爺さんになる姿なんて想像出来ないと思っただけだったが変に突っ込まれた。でも内心ほっとしたんだ。生に執着することを知らずこの先無気力で命を使っていく姿だけが浮かんでいたから、こうして前を見て先を考えるようになった後輩の姿が素直に嬉しい。
ここまで変えたのはあいつだというのに、なんという皮肉なのか。少し俯く成瀬を見つめながら、望月の存在を拒み切り捨てた世界の判断を恨めしいと思った。


「あいつの分まで生きて生きて生き抜いて、それで、冷たい墓石の下に埋められたい」
「ああ、頑張れ、応援する」
「その時僕の、名前の横に、あいつの名前、も、掘って、刻、んで…」
「分かってる、墓石に掘ってやるさ」
「僕と一緒に、やっと終わらせてやるんです。だから、贅沢かもしれない、けど、その時はみんなで、僕たちを看取ってほしい。みんなじゃなくても、真田先輩だけでも、約束してください…」


後半は鼻を啜る音とか引き攣った声で聞き取りづらかった。が、俺は確かにその約束を果たすと言ってやった。髪をくしゃりと掻き回すと、痛いですと呟いた。成瀬はまだ顔を上げない、今の内に俺は危うく零れそうになる雫を瞳から拭った。グローブに色の濃くなった染みが付いたなんてそんなものは知らない。

今日は11月9日。
彼と少年が出逢った日だ。



僕の始まりは君で終わりも君なんだ




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