(綾主)





それはあまりにも突然なことだった。

具合が悪い、と告げられたのは午前の授業が終わった頃。普段からあまり表情を出さない彼からの意思表示は想像以上に嬉しくて、でも喜ばしい自体では無いことも重々理解していたので僕はとりあえず背中を摩ったり額に手を当てたりした。効果は望めない、というかほぼ効果は無いに等しいし正直何をどうしたら良いのか分からないのであたふたしていたらまたしても彼から保健室に行く、と告げられる。今日は何故だか饒舌だなあと思いつつ勿論心配なので保健室まで付き添う事にした。
保健室には鍵も掛かっていないし昼食時だからか先生も不在中で、普段から人が寄り付かないのは分かっていたけれど使用者がゼロなのも珍しいと思う。

とりあえず横になって、と促そうとしたら、後ろからの凄い衝撃に突き飛ばされた。目の前には白いシーツの掛けられたベッドがあってそのままダイブする形になったのだけど、起き上がる動作を起こす前に具合が悪いと主張していた当人が馬乗りになってきた。


「な、に?えっ?えーっ?」
「うるさい黙れ」


その顔は明らかに怒っている形相に近かった。首に巻いていた黄色いマフラーも彼の手にかかってしまえば造作もなく解かれてしまう。普段は見せない首元、時期が時期なのでかなり肌寒かった上に彼の氷の様に冷たい掌が首筋に当てられて思わず引き攣った声が漏れた。


「既成事実を作ろうと思って」
「ま、待って!ストップ!」
「…しつこい、腹括れよ」


とんだ道化師に捕まってしまった。悪い気は全くしないけれど、むしろ感激で涙の海を作れそうな程大歓迎なんだけど。
先ほど彼の手が触れた部分が酷く熱いのは気のせいじゃなく、しかしそこは確か数日前に話し掛けて来た女の子が実に積極的であたかも所有物だというように鬱血の跡を付けられたばかり。
嫉妬と呼ぶにはあまりにも性急で落ち着きのない、彼には縁のないような行動ばかりだった。


「いいだろ、別にお前がやることは変わらないんだから」
「だったら尚更じゃないか!もっと自分を大切にしなよ!」
「お前に言われたくない、こんなのつけて出歩くお前にだけは!」


ギチ、と音がした気がする。首筋に彼の生えそろった爪が食い込んで少し痛かったけれど片手で僕のリボンタイを解こうとするその手首を掴んで必死に止めた。折れそうな程細かったけど僕よりも健康的な肌の色をしていてそのコントラストにすごく心を奪われた。
僕の何が気に入らなくてこんな行動を起こしたのか。思い当たる節は有りすぎて頭を下げても下げきれないくらいの数だけど普段何処か冷めた彼の衝動的な姿をさせたのは自分だという少しの優越感が心を浮上させていた。不謹慎なことも承知している。


「君の手はこんなにも綺麗なんだから、下らない事で汚すなんてしたらだめだ」
「もう、とっくに、汚してる」
「じゃあ、ね。跡をつけて平気で出歩くような人間に触ったらいけないよ、ね?そうでしょう?」


社交的に見せるような笑顔じゃない。彼にだけ向ける純粋な好意の表情を向けると彼の強行的な態度が収まった。良かった、実はガチガチに緊張していた体を解すように息を吐いて力を抜く。すると再び指先があの場所に触れたので今度は何をされるのかと身を固くしていると、聞き間違いで無ければ小さな声でごめんと聞こえた。
人を傷付けることは彼だって望んだことでは無かったはずなんだ。指先に付いた赤いもの、僕の体から外に滲み出た血液を見て酷く後悔している様子だった。


「絆創膏貼れば治るから、大丈夫」
「…舐めてやろうか」
「えっ、ほんとですか」
「………冗談」


そっぽ向いた彼の手首をぐいと引っ張ったら、跨がっていた彼の体が僕の胸に雪崩れ込むように倒れてきてくれる。間近で見た整った顔は少し赤を孕んでいる。きっと僕も彼から放たれる甘い匂いに当てられているのだろう。濃紺の髪の間から覗く耳に口元を近付けて声のトーンを下げてみた。


「ねぇ、してくれたら全部チャラでいいんだけどな」
「…死んどけ」


どうしよう、この子すごく可愛い。



痛い、痛い、でも好き




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