(綾主)





腹に手を回されてぎゅうと抱きしめられた。それに含まれた意味は恋人のように決して甘いものでは無く、子供が親に縋るような鎖のようにがんじがらめになった重いものだった。自分のことを離すまいと固く結ばれた血の気の無い手に優しく触れると、背中にぐりりと額を押し付けられる。それが堪らなく愛しかった。頼られていることと依存されていることの充実感というものは想像を遥かに凌駕していて、嗚呼、10年も孕んでいて良かったと罰当たりなことを考えてしまうのだ。


「…どうした?」
「何処にも、行かないでね」
「行かないよ。ずっと傍にいる」


これではまるで本当の子供みたいじゃないか。大きな大きな、僕の可愛い死神。自分は生物学上では男性で子孫を孕むことは不可能であるのに、そんな自分は10年も前、自らも幼かった時にたった一つの赤子を授かった。ただなんとも理不尽なことに無理矢理授かった存在のことを生身を棄てて一生抱え続けなければならなくなった。でも不満を訴えることは無かった。それが与えられた役目であり僕にしか果たせない事ならば僕は喜んでその大役をかって出てやろう。

世界も守れる、この死神も護れる。それでいいじゃないか。異論は無い。そんな人生の歩みだって有りだ。


「不安?」
「…当たり前じゃないか。君は幾つもの可能性を秘めたゼロの存在だから、何時此処から居なくなっても可笑しくないんだ」


確かに、僕は自分がどの道に進んでいるのかすら把握出来ない。それ程に広い可能性がある奇妙な力を持ってしまっていて不安にさせてしまうのも無理はない。ただ今はこの場所から離れる気配は無いからきっと大丈夫だ。
くるりと方向転換して不安に瞳を揺らす彼の髪を撫でた。ふわりと柔らかいこれも僕が創ったのだろうか。人の性質を持ったというだけで彼には沢山辛い思いをさせてしまったし独りにしたこともある。だから縋られている今はあの時掴んでやれなかった分も含めて傍に居てやると決めた。


「綾時、ちょっと苦しいかも」
「やだ。今は、やだ」
「…わかったよ」


そうして耳元を僕の胸に寄せてきた。彼は度々こうして心音を聞くために身を預けてくる。この心音も生きていた頃の名残で本当は臓器が機能している訳も無い。厄介なのは自分は既に生命体では無いのにそう錯覚させることだ。だけど彼はそれを見透かして何時もこう言う。


「でも君は、もうこちら側なんだよ」
「わかってる」
「僕と同じ、なんだ」
「…それは、嬉しいかもな」


そう言った自分の言葉に反応して泣きそうな顔を向けてきた。ああ、少し痛いところを突いてしまったかな、そう思った時にはもう遅くて被さるように抱き着かれた。そしてひたすらごめんなさい、と囁かれる。閉じ込めてしまって、束縛して、離れたくなくて、ごめんなさい。
罪悪感なんて感じなくていいのに矛盾してるなぁと考えながら後ろ髪を梳いてやる。怯えたように肩を震わせた相手の背中をゆっくり摩って平気だよ、と笑う。

少し手が掛かるけれど僕が選んだ役目で僕だけの特権だから、もう暫くは彼の傍に居てやりたい。もっと、もっと安心させてやりたい。心安らかに涙も流すことなく幸せだと思える記憶を刻んでやれるのならば我が身が犠牲でも厭わない。



擬似的家族を演じてみよう




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