(綾主)





僕が君を好きになることは、きっとずっと昔から決まっていたことなんだ。そう、例えば、10年前とか。


先日突如として転入してきた同級生にそんなことを呟かれたような気がする。彼はとても不思議な生徒だった。輪郭が浮き出たように突飛した存在だった。
確かに関心を持つ要素は幾つかあったと思うけど、それでも自分との接点は何もなかった。自分の机から通路を挟んで斜め前に座っている。マフラーがあったかそう。そうだなあ、僕も新しいマフラー欲しいと思っていたんだ。
何時ものように一瞬の関心は他に移る。微睡みの教室の中で、女子の黄色い声と窘める彼の声が鼓膜に反響していた。

だがとんだ冗談を言われたものだ。冗談は流すものだと、順平と連む中でゆかりから学んだことだった。しかし当人はまるで悪意の無い真面目な顔だった。
それから自分がどうしたのか、記憶が曖昧になることはしばしばあったことだけれど、今回は少々厄介な時に起こったものだ。気付いたら寮までの道のりをのんびりした足取りを歩いていた。それから深く考えることもなく日々は過ぎた。


11月の中旬に差し掛かった頃、これから修学旅行関係の事柄で生徒会も忙しくなるだろう。他人事のように済ますつもりが、ふと美鶴の顔が浮かぶ。不安定な彼女を気難しいあの小田桐がどう対処するのか。ああ、やはり他人事だった。
寮への帰り道、頬を撫でる風が吹き抜け寒さでちくりと肌が痛む。ぶるりと身震いをしてマフラーを巻き直す。最近買ったばかりの新品の匂いが鼻を抜けた。

枯れ葉が転がる音に混じり、近くでじゃり、と地面を踏む音が聞こえた。伏せ気味の顔を上げると向かいから派手な黄色が靡いている。とっさに目障りだと感じ眉間に皺が寄った。嫌悪感?まさか。
相手もこちらに気づき手を振ってきた。振り返さず立ち竦むままの自分を不思議に思ったのか、気持ち駆け足気味で僕の目の前に立った。


「今、帰りなの?」
「うん」
「残念。もう少し寮にいたら君とゆっくり話も出来たのに」
「寮?」


順平くんにお呼ばれしてたんだー、そう弾んだ声とにこにこと笑顔を崩さぬ表情で僕に言う。ちなみにあの呟きから彼と自分はまともな会話を交わしていない。修学旅行の件では学校の授業内で相談を交わすことはあれど、私情を交えた会話はあの時以来だった。

「……ねぇ、少しだけ付き合ってほしいんだけど」


一方的に喋りを続けていた彼が挟んだこの言葉に自分の体が強張る。改めて彼の顔を見つめると蒼い瞳が優しげに揺れていた。泣き黒子が印象的だ。
考えてみると彼の顔を真正面から見つめたのもこれが初めて。彼と居ると初めてが多くなる。あの時、人に対して嫌悪を表したのも生きていて初めてだった。

なんだ。そうか。
本来自分のペースを崩されることは好まない。でも彼はそれを平然とやってのけた。理解出来ないことを次々と植え付けた。だから僕は彼を避ける、関わればかき乱されるから。
今まで、僕が、避けていた。


「…いいよ、でも寮の門限があるから」


沈黙に堪えられない、と態度で示し始めた彼の、望月の誘いを受けたのは多分何時もの気紛れじゃなくて、自らの意志だったと思う。



それは好奇心から始まる




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