(元就と慶次/続きもの)





「貴様はつくづく性根が悪い」
「…なんだい、聞いてたのなら声掛けてくれよ」
「誰があんな奴と戯れるものか」


そもそも聞いていたという表現は間違っている。忌々しく下卑た声を耳が勝手に拾い集めて鼓膜を突き抜けるだけのこと。決して自分の意思でこの場に留まった訳ではない。
屋上の扉から続く階段を下ったところにあるひらけた場所で暫く待てば、先程まで長曾我部と呑気に話を続けていた本人が人当たりの良い笑顔を張り付けてそこに現れた。ただ笑顔に潜む本心はそう穏やかなものではない筈だ。解る、我には解るぞ前田。やたらと図体だけでかい単細胞生物に悟られる危機に否定も肯定も示す事が出来ずにいたのであろう。


「意外と鋭いのな、あいつ」
「前田、そろそろ潮時ぞ」
「嫌だ。まだ成りたくない」


元の、慶次に、成りたくないよ。その言葉に組んだままの腕が少し強張った。余りに頑ななその意思にそれ以上問い詰めることも無く静かに一つ溜息を零す。顔を合わせどこんなやり取り。この先最低でもあと何回続けたら良いのだろう。少々気が遠くなる。

必要以上に干渉しないこと。不本意ながら自分の立ち位置と先刻まで前田と会話をしていた男が考え出した結論は見事に一致していた。第三者として取り巻く環境を見つめるだけで目の前の人物が持った真意だとか直ぐに見抜けるのだ。それはもう茶番だと笑ってしまうほどに。傍に居て心配を寄せるなどただの弱者がやること。だから自分は固く決めたことがある。


「俺は棄てたんだ。もう嫌なんだよ。みんなに関わって、みんなとすれ違うこととか。凄く、堪えきれない」
「しかし我と長曾我部はそなたの中では歴とした過去であろう」
「でも二人は知らぬ顔、だから」


馬鹿な奴よ。知らぬ顔でもしない限り、この男は何処までも真意を隠したままで過ごしたに違いない。傷付くことを極端に恐れて前に進めぬだけの可哀相な存在。誰がこうさせたのか。言わずもがな過去、だ。

人を殺めることも出来なかった、したくなかった、そんな自身は何時しか時代に置き去りにされ、友とも仲を分かち、先々で出会った人間とさえ歩み寄ることが出来ず、恋を説けど自分に恋慕を抱く青年には応えることもままならず、男はとうとう残されたのだ。総てと切り離された。
それならば、と。次に生を受けたなら忘れてしまれえば良いのだ。そんな孤独はさも無かったかの様に。しかしそれを易々と許す訳がない。神も、自分たちも。過去を抱えて再び産み出た男は、どこで違えたか一人舞台の喜劇を演じ始める。


「俺は前田慶次。ただの、前田慶次。そう、俺はみんなと一緒。普通に暮らして普通に話して、明日だけを見て生きていく」
「…何処までも報われぬ男よ」
「元就の毒舌も冴えてるね。元親の声のでかさもいい。佐助が作った弁当はいつも上手い。政宗はすごく男前だし。幸村も、うん、大切な存在だ」


両手を広げたまま踊るようにくるくると回って、何が楽しいのかは知らぬ。しかし直ぐに止まって外から見える桜の大樹に瞳を寄せている。表情は差し込む日輪の光に反射してよく窺えなかったが強く握り込まれた掌が酷く痛々しい。そしていつも最後に小さな声でさよなら、と誰に向けたものでもない言葉を呟いて舞台の幕が降りるのだ。



少年と感情論の結末





(お粗末様でした)



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