(元親と慶次/続きもの)





何時ものように屋上で寝転んでいたら、少しだけ。ほんの少しだけ風の匂いが色付いた気がする。体はそのままに顔だけ入口に向けるとやはりそこに彼が居た。親しい仲の人間で風の匂いを変えられるのはこいつだけ、後にも先にもこいつだけ。生まれ持った花の匂いを纏う男は、風に乗ったように現れた。
俺の顔を見るなりその男は屈託の無い笑みを向けて近付いて来る。高く結われた髪が左右に揺れる姿はいつ見ても綺麗だと思うし、少し稚拙だとも思う。俺が何も言わないのを良いことにゆっくりと隣に腰を下ろして、元気?と訊いてきた。その問いに対して微かに首を縦に振る。


「元親は風が好きなんだな」
「お前は相変わらずふらふらと定まんねぇ奴だな」
「俺、元親のそういうとこ好きだ」


みんなみたいに隠そうとしない真っ直ぐなとこ。少しだけ苦笑いになったかと思えば直ぐ抱えた膝の上に顎を乗せて何処か遠くを見つめだした。普段饒舌な奴がここまで無言なのは端から見ると不気味だろう。ただ俺はそうじゃない。この姿を幾度となく「見てきた」んだ。だから違和は無い。

今の慶次があの時の慶次じゃないのは歴然としている。どちらにしろ俺にとってのこの男が前田慶次であることには変わりないし、寧ろ変わりようのない事実だ。難しく考える事が苦手なだけかもしれないが、俺は目の前の慶次と接しているだけのこと。ただそれは当人にしてみればとても気楽に過ごせると以前感謝されたことがあった。


「なぁ、俺はそんなに落ち着きが無かったんだ?」
「そりゃあもう比にならないぐらいに」
「…元親は?」
「俺は俺だぜ。今も、これからも、な」


慶次が抱えたものの重さは計り知れないだろうけど、それは自らが選んだ道なのだからわざわざ手を貸してやろうとは思わない。真田や政宗の様に解りやすい程に自責の念を溜めるでもなく猿飛のお節介とも違う。自分で棄てたものには責任を持たなくてはならない。だから俺は必要以上に手を差し出すことを止めた。
昔のように自慢の船の上で盃を交わしたり大声で笑ったり潮風の中にある花の匂いを見つけることが恋しくないと言えば嘘になる。それでも先を決めるのは慶次自身だから俺達周りの人間は飽くまでも傍観するだけの立場だ。


「お前さ、辛いなら止めろよ、それ」
「……何が?」
「ああ、そうかよ。だが俺は何も言わねぇよ。お前が決めなきゃなんねぇことだからな」


体を起こして未だに遠くを見つめ続ける慶次の横顔を盗み見た。その表情が何を示すのか理解しようとも思わねぇ。おまけにこいつは頑固なのでかまを掛けても梃子でも動じない。


「元親は優しいな。でも平気。俺の決めた道だから我慢出来るよ」


言葉とは裏腹に抱えた膝に顔を埋めた慶次に、やっぱり平気じゃねぇだろと胸中で呟いた。それでも慶次が望むことならば俺は知らぬ振りをして過ごすことだって出来るんだ。

(今の彼か昔の彼かも解らなくなってしまった賑やかな笑い声が鼓膜を揺らした気がした)



余所者を嗤うやさしさに







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