(友垣)





ふと、昔の記憶を思い起こしてみようと思う。そうすることで、過去に縛られ続けるからだ。それを心地良いとまで思っているのだから、いつまでも俺は報われないんだろう。



「お前は、我らの見えない所で自ら無茶を強いる」
「いきなりなんだよ、秀吉」


宵も深い頃合に酒を酌み交わしていると、唐突な秀吉の言葉に首を傾げる。けれどそれきり、俺に何も語ろうとせずただ盃を呷るだけの秀吉に、納得のいかない気持ちを抱えていた。
無茶をしているのは、寧ろお前のほうだろ、馬鹿。なんて、本音を口にすれば、すぐにあいつが俺の後頭部を叩くに違いない。
喉元までせり上がった言葉を、傍らの肴で嚥下しようと手を伸ばすと、ぱしんと叩かれる。なんだよ、どの道叩かれる運命かよ、俺は。


「それは秀吉に用意したものだよ」
「けち」
「倹約家と言ってくれないか」


ほら出た、姑。相変わらず青白くて具合悪そうな面して、それでも秀吉の傍で命擦り減らしながら尽くしているどうしようもない奴。
こうして三人で酒を囲みながら話すことは、そう多くはなかった。今日は本当にたまたま、そうだ、たまたま全ての条件が重なった。俺は今でもそう思っている、思いたかった。


「君もそろそろ、一人の武人としてちゃんと自立したらどうなんだい?」
「お前はまつねぇちゃんかよ」
「…慶次君」
「いてて!ごめん、ごめんなさいったら!」


二の腕思い切り抓られた。ひぃひぃと涙目で狼狽えている俺を尻目に、当の本人は涼しい顔で秀吉の注いだ酒に口を付けている。
俺と半兵衛のやり取りを見てか、正面で秀吉の顔がほんのり緩められた。まぁ、いいか。それで、さっきまでのぎこちない面持ちと空気を一掃出来るのなら。

好きだったんだ、この距離感。二人が、真に俺を気に掛けていたのかなんて、実際のことは分からなかった。上辺だけの、繕った偽善だったかもしれない。
それでも、俺は愚かだったから。そしてそれ以上に二人を好いていたから。この、はっきりとしないぬるま湯の中で揺られていたいと、浅はかな願いに胸を動かされていた。


「お前が、案外向こう見ずで行動することぐらい、知っている。だから慶次、何れ苦しいと感じることがあるならばその時は」
「秀吉」
「…」
「うん…その時は、お前らを頼るよ」


秀吉の目と、半兵衛の目。じっとこっちを見つめている。俺の言葉に、まさに射抜かれたって感じだ。
半兵衛が制した秀吉の言葉の続き、本当はあの時分かっていたんだけど、でもあの時の俺ってものすごく天邪鬼だったから、気付いてやらないことにした。


「秀吉も、半兵衛も、…ねねもいたら、俺はきっと大丈夫だよ」


あの時の二人が、今でも忘れられないんだ。瞳の奥で、哀れそうに俺を見ていた。表に出さずとも二人との付き合いの長さが仇となったのかな。

結局、それが三人で過ごした最後の瞬間だったわけだけど、今でも俺はあの夜に意識を重ねて記憶を縫い止めている。
そうすることでしか、もうお前らを頼れないからだよ。秀吉、お前はあの時俺に逃げろと言いたかったんだと思うけど、それはきっと俺が俺を許せなくなる。力を征することに執着したお前しか、思い出せなくなる。

大丈夫、俺は知っているよ。俺の弱さと愚かさを理解してくれたお前らを。だからこそ、何も残されなかった世の中が、虚しくて息苦しいんだよ。



大人になることを諦めた



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