(政慶)





陽射しも穏やかになる頃に、雪が積もり乾燥しきったこの土地を訪れた男は、酒の手土産に「久しぶり」との一言を添えてやってきた。
突然の来訪なんて、軍の奴らももう慣れたもんだった。慶次さん、だなんて親近と敬慕を含んだ声に囲まれるのも何度目だろう。相変わらず締まりのないあいつの笑顔。少しだけ、ほっとした。

小十郎が用意した客間で二人。楽に崩した体勢の俺と、正座のまま落ち着かない様子の慶次。変な空気が流れる。


「…いつものあんたらしくないな」
「いや〜…いつもと心構えが違うといいますか…衝動の赴くまま来てしまった自分を恥じているといいますか…」
「そんなのはどうだっていい」


とにかく、用件はなんだと。ここまで回りくどい言い方をされてしまえば、気にならないほうが難しい。盃に入っていた手土産だった酒をひとつ、煽ってから慶次と再び向き合う。
あー、とかうー、という誤魔化しにもならない呻き声を漏らした後、情けなくへらりと笑うあの顔で、漸く切り出した。


「夢、見た。政宗が竜になる夢」
「…へぇ」


身構えてしまったことが馬鹿馬鹿しくも感じるほど脆弱な理由だ。身体の力が抜け、堪えきれなかった嘆息を漏らすと、形のいい眉を吊り上げてこちらを見つめる慶次の顔。
反論を待っていたが、それはいつまでも訪れず。尖らせた口元が、もごもごと言葉を続けた。


「竜神って、多分ああいうことを云うんだな、って思った。神々しいとか、そういうの全部凌駕してて…」
「それで?」
「…でもそれって、人知を超えた先の話で、俺たちがいくら足掻いても、千切れそうなほど手を伸ばしても、神様には絶対に届かない」


だから、とそこで慶次の言葉が一旦途切れた。固く閉ざされた唇は、ほんのり桜色に染まっている。
俺は、その先に続く言葉が欲しかった。しかしその欲を表には出さず、慶次自らが差し出してくれる時を待つ。
正座をした太腿の上で握られた拳は、決して人を傷つけない。それが彼の優しさでもあり弱さでもあったが、俺はその愚かさも含め粗雑には出来ないでいた。


「人間の、今のままの政宗がいいな、っていうのを伝えたくて…来てしまいまし、た」
「…」
「どうぞ笑ってくださいよ、っと…あぁもう…」


これはまた、大層な告白を頂いたもんだ。込み上げる笑いには打ち勝てず、声を殺しつつも笑いは止められない。
そんな俺を予測していた慶次は、どうにでもなれと投げやりな態度で、しかし腑に落ちないのかむくれている。

言葉にはしない。が、えらく可愛い奴だと思うこの気持ちに、嘘はつけない。
笑いの波が収まったところで、再び向き合う。今度は、至極真面目に。


「俺は、信仰心で人を支配する、なんてこと、絶対にしねぇな」
「うん、わかってる」
「いつだって、誰かの手の届く範囲の中で、俺は好きなようにやる」
「…俺でも、手、届く?」


まだ言うか。拭いきれていない不安があるのか、この距離で当たり前のことを訊いてくる辺り、彼にとっては現実味のある夢だったのだろうと察する。
口に運ぼうとしていた盃を置き、姿勢を正したままの慶次にその手を差し出す。お世辞にも、見栄えのいいとは言えないその手を、穴が空くほど凝視する姿は少し滑稽だ。
恐る恐る、壊れ物を触るように指先に触れた慶次の手を、すかさず握り込む。わ、と声をあげ束縛から逃げようとする手を尚も握り続ける。

否が応でも、ここに俺がいるということに、確信を持たせたかったからだ。


「こんなこと、人間でなけりゃ出来やしない」
「うっ…」
「なんとか言え、馬鹿慶次」


相変わらずの子供体温に心地良さを感じつつ控えめに握り返す手と、胸にはじわりと広がる充足感を覚えた。
終始そのままの状態だったが、最終的には満足そうに笑っていたので、それはそれで良しとしようか。



かみさまのゆめ



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