(親慶/現代仕様) 「追い出された」 「どういうこと?」 「正確には、邪魔にならねぇように退散した、ってぇとこかな」 自分の教室からそっと抜け出して、何処へ行こうかと考えていたところに、隣のクラスで一人、ぼうっと窓の外に広がる空を眺めながら惣菜パンをかじっていた慶次を見つけた。のろのろとした動きで咀嚼している慶次は何処か危ないような、身体を置いて心だけ彼方に飛ばしているような、そんな様子だ。あいつは、時々今の様に心此処に在らず、といった素振りを垣間見せる時があった。 彼の前の、誰の場所かもわからない椅子に座ると、俺が視界に現れて驚いたのか、少しの間きょとんとした顔で見つめられた。それからへらりと笑って、もとちか、と名前を呼ばれる。 そして冒頭の会話に戻り、俺は溜息を零した。慶次の机に頬杖をついて、どうしたもんか、と教室に置いてきたあの二人のことを考える。が、考えを深めていくほど、やはり自分にはどうにもならないのだと、当たり前の事実を見せ付けられるようだ。 「やっぱりよぉ、他人が入ることの出来ねぇ空間って、あるんだな」 「?」 「家康と石田のことだ」 二人の名前を出すと、俺の一連の行動について全てを理解したような顔で、そうだね、と返された。 陰欝とまではいかないが、いまいち上昇しない気分は、他でもなくあの二人からの影響だった。今思い出しても、あの場所でのうのうとしていた自分の図々しさに目眩がした。 別に、あいつらがとびきり仲が良いわけじゃない。周りにも分かるほど険悪なムードというわけでもない。家康は俺と他愛もない話をしていたし、その横で石田は読書に没頭していた。 だけど、見えた。あいつらの纏う空気と俺の空気の境目が。そして同時に、俺は此処に居てはならない、そう気付いてしまった。 「魂に刻まれた何か、ってあるんだな。あの二人には確かにあったんだ」 「…俺も、わかる、それ」 政宗と幸村がそうだから、とパンを噛み締めながら慶次が言った。その顔は、やはり俺と同じもの。確かに、不特定多数で交友の幅が広い慶次ではあるものの、あの二人とは特別親密な関係だと思う。だからこそ意識していなかったが、こいつも奴らに同じような思いを抱いていた。 普段からライバルだなんだと騒いではいたものの、傍に居た慶次が疎外感を感じ取っているのだから、あの二人も上辺だけの薄っぺらな繋がりじゃなかったのだろう。 「二人の傍は居心地がいいけど、たまに息が出来なくなるんだ。そんな時、広くて浅い、俺の築いてきたテリトリーに戻ると、安心するんだよね」 「…今まさに真っ最中ってか」 そう、当たり。そうしてまた人当たりの良い顔で笑いかける慶次の態度に言いようのない蟠りを感じたが、さも気にしていませんといった顔で、そうか、と返した。 広くて浅い交友関係、人から人へふらりと渡り歩く風来坊、一カ所には留まらないこの男の、僅かな虚勢を見た気がした。そして同時に、その当たり障りのない交友関係の中には俺も含まれているようなニュアンスに、少しだけ悲しいと思った。 どういう訳か、人に依存することを極端に嫌っているようだった。何がこいつをそうさせたのか、保身的な行動を取るようになったのか、俺はまだ知らない。無知、という事実が、やはり俺と慶次の関係を色濃く表していた。 「俺から見たら、元親と元就もそれに当て嵌まるんだけど」 「よせやい、あいつぁただの腐れ縁だ。冗談でも鳥肌が立つ」 「…自分達じゃ、気付かないから、厄介なんだ」 毛利の名前を出されて、背筋が凍るような悪寒を感じた。俺とあの野郎は全く違う、本当に赤の他人でありたいと強く願う存在だ。だけど慶次は、全力で否定する俺に、周りからはそう見えるもの、と客観的な意見をぶつけてきた。あまりにも真摯な言葉に、茶化すことも出来ず口を噤んでしまった。 「あーあ、なんか羨ましいねぇ」 残りのパンを口に詰め込んで袋をぐしゃりと潰しながら、よく通る声で慶次がぼやく。俺は相変わらず頬杖をついたまま、じっと考えていた。 そう簡単に自分と対になる人間を見出だすことなんて出来やしない。生きている間に出会えたら奇跡、くらいの僅かな確率で人の関係は知らぬ間に築かれていくものだ。 でももし、それを覆すことが出来るとしたら、「何にも属さないような自由な人間」がそれを可能にしてくれるのでは?魂よりももっと深い場所で繋がる相手との出会いを、意図的に生み出せたなら、それはもう、 「俺じゃだめか」 「なにが?」 「…ソウルメイト?」 ごく自然の流れで言ってみた。というか半分無意識だったわけだけど。あー、しくったな、多分。 慶次の大きな瞳がパチパチと瞬く。でもそれからすぐに俺と同じように頬杖をついて、ずい、と顔を寄せてきた。野郎同士で何顔近付けあってるんだろうなあ、と、頭の片隅にいる冷静な俺が呟いた。 「元親、冗談キツい」 「すみません…」 「でも…」 鼻を摘まれて、ぶひ、と変な声が出た。でもその先の慶次の顔が、喜びを隠し切れていない笑顔だったもんで。 「悪くないかも、とか思った」 (どきっとした、なんて) |