(家三/現代・転生ネタ)





手を出せ、と言われた。何かくれるのだろうかと淡い期待を抱きながら掌を向けて差し出す。相変わらず部活で負った傷が多く見映えの悪い手だ。すると、そうではない、と手首を掴まれて持ち上げられる。グキッと骨の軋む音がしても当人は気にしていない様子で、実は少し痛かったなんて言えなくなってしまった。
ひやりとした温度がその掌に重ねられる。色が白く、指が細く、傷一つすらついていない透き通った手だ。自分の無骨なそれより一回り小さく、女人とも区別の付かない…とは、少し言い過ぎかもしれないが、それほどに何もかもが華奢という言葉で構成されているような男だった。ただそれを口にすると至極嫌悪感を露わにした顔をするので自分の胸の内だけで留めている。
しかしその体躯とは裏腹に三成は強く真っ直ぐな男だ。自分の芯とする部分を絶対に曲げようとはしない。そしてその頑固故に周りを巻き込むこともある。良い様に思わない人間も中には居るはずだ。
世渡り下手で感情表現が稚拙、ワシは三成のそんな部分もまとめて好いていた。




「…大きくなったな」


どれだけの間こうしていただろう。手は合わせたまま、三成が口を開いた。確かに自分でも、昔に比べると大きくなったと思っているし、その成長は実に顕著で急速なものだった。

自分がまだ、人の力に頼っていた頃だろうか。同じ年頃の人間と比べて頭一つ分は小さかった。そして一番悔しくて悔しくて堪らなかったことは、今目の前で手と手を合わせている三成よりも低い身の丈をしていた事実。隣に並ばれればその事実が、幼かった自らの心を酷く抉った。
その頃から三成の事を常日頃から気にかけていた、と、思う。それこそ、それが友愛なのか親愛なのか、区別出来ずにいた頃からずっとだ。この時点ではまだ無自覚な、子供騙しの恋愛もどきの感情だった。とはいえ、相手との身の丈に悶々としたり一喜一憂したりするぐらいには、彼の事を好いていたのだと思う。
三成を越えたいと思う完璧なる幻想を、あの頃の幼かった自分は抱いていたのだ。今ではそんな幻想も、努力が実を結んで見事に事実となった。と、いうよりも、不摂生な生活をしていた三成の身体はみるみると成長速度を落としていき、ワシの身長が伸びはじめた頃にはその成長はぴたりと止んでいたような気がする。


「今でも覚えているぞ。大した歳の差も無しに『子供に関心などあるか』と言われたこと」
「…さあ、忘れたな」
「お前は自分に都合の悪いことだけ忘れて…いてててっ」
「どの口が言っている」


強い力で掌をぎゅうううと握りこまれる。その細い身体のどこから力を搾り出しているのだろう。細い、というよりも、薄い、と表現したくなるその体躯も、昔はまた丸みを帯びていた時期もあった記憶がある。

すると三成の細い小指が、ワシの不格好な小指に絡まれる。これは約束事を交わすときに子供たちが見せる行為だ。指切りげんまん、嘘ついたら、と軽快な歌に合わせて行うやつだ。それを眉一つ動かさず三成はやっている。


「針千本飲ます」
「お前が言うと洒落にならん…」
「指切った」
「…三成?」


満足したのか、三成の小指がするりと解かれてワシの手から離れていった。行動の意図が読めずにいたが、伏し目がちでこちらを向かない三成の姿を見て、脳裏に何かが去来した。

そういえば昔にもこのような形で何かを取り決めた。目の前には確かに三成がいる。でも身体が千切れる様に、焼け付く様に痛かった。重い腕を上げて、手を合わせ、小指を絡め、
(指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲ます)


「何があっても、お互いを覚えていると、約束を交わしたはずだろう」
「三成、三成…」
「何だ」
「ワシ、頭が、ついていかん。ワシは徳川家康で、お前は石田三成で」


たった今、思い出したことがある。地面を四輪の機械が走っていたり、明るい蛍光色の町並みがある、そんな当たり前の風景がある時代ではなく。ああそうだ、あのときは生きることだけで精一杯だった。傷を付けた付けられた。そして確かに自分達は戦っていた。あの有名な有名な歴史の中で。
思い出すというのは、実に唐突なことで、実に拍子抜けしてしまうものなのだと。そして無意識に、ワシが今までに知っていた三成の総ては、あの500年近く前に生きていた時の古ぼけた記憶だった。それを全部全部全部、この現代に置き換えていた。きっと、辛かったはずなのに、三成は。


「約束は、守る男だった、お前は。例外は、あるが」
「三成…」
「いいか、次はもう許さない。私を裏切るな。わかったか」
「また、指切りするか?」


黙って差し出された右手の小指はあの時となんら変わらずに。



指切りげんまん、あの約束を今でも覚えていますか?







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