暖かくて、冷たくて。近すぎて、遠すぎて。優しくて、悲しくて。対照的な位置で対照的な日常を送っていた筈の自分たちがどうして交差したのだろうか。今まで得てきた知識を駆使しても答えに辿り着くことは出来なかった。それは、未熟だった幼年の頃から、刀を振るう日々の今まで、たったひとつだけ解けることのない謎。

竹千代は言った。お前の顔が眼に焼き付いて取れないのだ、お前の声が耳に残って止まないのだ、何処に居ても何があろうとワシはお前を思い出す。幾年が過ぎ、家康と名乗る頃にも同じような事を聞かされた。…人の構造上そのようなことは有り得ない、事実無根の言い草だと一蹴し続けたものの、刑部曰く「他人に関心が無い」らしい自分もまたこの男と日々を歩んでいる。寝る、食べる、のような日常の一部と男の存在が、同等の意味を成していた。
それでも、私自身が家康を思い出す訳ではない。何時、どんな時も、中枢を支配するのは我が主君だ。自分達は仕える相手が同じ、それだけのこと。

それだけの、ことだった。




「やれ三成、ぬしらしくもない」


地を這うような声に意識が浮上した。遠くでは、自軍他軍かどちらとも区別の付かない喧騒が止むことを知らずに徐々に範囲を広げている。刀の音、蹄の音、戦場で無ければ聞くことのない雑音。これが今の日常だ。
あれは、当の昔に忘却したと思っていた。何故、今この時に。眼の網膜に焼き付いたように、色鮮やかな光景だった。

(いつかお前にも、ワシを思い出す時が来てほしいと思っている)


「強欲な奴だった」
「徳川のことであろ」
「…さあな」


ヒヒ、と刑部の渇いた笑いが漏れる。目線を向けると、狸をも丸呑みする眼よ末恐ろしい、と身震いの仕草。狸、その単語だけで腹の底から沸き立つ憎しみが手に取るようにわかる。腰にさした刀を握りこめば、ギチリと軋んだ音を出す。その瞬間、心臓も同じようにギチギチと音を立てた。

今の私は、かつての奴のように、眼と耳とに焼き付いたままだ。そしてまた痛みも悲しみもこの身に刻まれたまま。あの欲深い男は、私に忘れさせまいと癒えない傷を付けた。
それならばいっそのこと背負ってやろうと覚悟を決めた。奴への憎しみ、怒り、闘争心だけで幾度も千切れそうになったこの身を繋ぎ止めることが出来る。あの笑顔の破滅だけを願い、私は此処まで辿り着いた。


「三成、そろそろ潮時よ」


自軍の勝ち鬨が聞こえる。それは、あの男に近づいている足音とも同じだった。引き換えに、足音に消されるものは、陽だまりの暖かさ。

霞んだ記憶にあの日々はもう無かった。忌むべき相手を忘れないよう、私は今日も血に濡れる刀を振り下ろす。





「海馬」様への提出作品でした。
お題「ずっと覚えているために」

素敵な企画様に参加させて頂き、ありがとうございました。






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