(家三)





なんて、かなしいやつなのだ。あの時三成が言った言葉は、ワシへ向けたものなのか、或いは自虐の詩だったのか。今でも尚解らない自分にこの先平定など無理な話なのだろうか。



あの時の月は今にも消えてしまうのでは、と思う程に淡い光を照らす下弦の月だった。それだけとても事細か、鮮明に覚えている夜の空など後にも先にもないと思う。宵闇が綺麗だ。
すり、と身体を寄せられる気配がした。その様子は酷くじれったくてそれでいて稚拙だ。甘えることを知らない子供が爪先立ちで背伸びをしていることと大差はない。


「…流石にもう飲み過ぎだ、明日も早いのだぞ」
「うるさい、口を、つつしめ」
「三成…」
「うる、さい」


ブンと振り上げられた拳は力も無く、易々と受け流すことができた。それほど泥酔しきっている三成を宥めることは難しく、いくらこちらが身体を揺さ振って、布団に入れと急かしても、ぴたりと密着した身体は意地でも離れようとはしなかった。普段は雪のように白い三成のうなじは、酒が回った影響からだろう。ほんのりと桃色に色付いていた。
空に浮かぶ月の光が酷く淡い色をしている。輪郭がぼやけて見えるのは、自分の瞳に問題があるのだろうか。そしてその月は、三成を映しているように、恐ろしい同調率がそこにはあった。間違いなく、今のワシに、三成の真意を見出だすことは不可能に近いんだ。

身体を預けきっていた三成が、ようやくもぞりもぞりと動き出した。ワシから完全に身体を離し、酒にふやけきった瞳は奥底に何か強い意志を宿していた。見つめ射抜かれて身動きが取れない。蛇の一睨みとは違う。そう、言うならば、三成の視線はそのまま雁字搦めの楔のようなものだった。


「これは酒に逆上せた人間の戯言だ、聞き流せ」
「どういうことだ?」
「次の朝日を見る頃に、私は私の面を被り、お前を酷く憎むだろう。だが忘れるな。それは私の、上辺だけの醜い虚勢だから」


胸がドクンと波打つ音がする。独り言のように呟いた三成の声は、鼓膜を重く重く突き抜けた。そしてギリィと奥歯を噛み締める音が聞こえ、三成は最後にこう言った。


「どこで違えたのだろう。お前は、なんてかなしいやつなのだ」


皮肉にもそれは、謀反の前夜だった。それを知りながらワシを止めなかった三成の言葉は、死ぬまでこの身を苛み続けることだろう。





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