(家→←三)





「あ、三成」


井戸から汲んだ水で顔を洗っているところに丁度三成がやってきた。帰ってきていたことにも気付かなかった。今回、自分は戦地、三成は他国への遠征、それぞれ目的の違う任を負っていて、故にここ数日は顔を合わせることもなく個々に動いていた。
手拭いで顔を拭きながら目の前に立っている三成に声をかけた。相変わらず表情ひとつ変えない。それに、鎧を纏っていない軽装だ。自分よりも先に此方へ帰ってきていたのだろうか。


「久しぶりだなぁ、そっちはどう」
「行くぞ」
「えっ、なに、ちょっと引っ張るなって」


どうだった、と言い切る前に手首を掴まれて奥にある儂の部屋に無理矢理連れて行かれる。行動の意味が読み取れないので、ただただ首を傾げて三成の後ろ姿を不思議に見つめていた。
部屋の前に来たところで背中をばふっと押された。前のめりになった体制を咄嗟に体を反転させて背中から畳に着地したのでずきずきと痛む。いよいよ訳が解らなくなってきたので、部屋の中のあちこちを漁り回っている三成に真意を問う。


「勝手に人の部屋の中で、何をしているんだ、三成」
「…あった」
「ん?」


背を向けていた三成がくるりと方向を変えて向かい合うように座る。そしてその手には小さな小箱。あ、と思わず声が漏れたのも無理はない。それは自分が日頃使い続けていた塗り薬だった。仕舞っていた場所が良く解ったもんだ。そんな他愛もないことをぼんやり考えていると、不意に右手を取られて例の薬を傷付いた拳へ撫でるように塗り込まれる。
成る程、これがしたかったのか。無言で薬を塗り続ける三成の顔をじっと見つめる。言葉数が少なく人に興味を示さない相手からのほんの少しの思いやり。ただ少しだけ、手に取る薬の量が多いかもしれない、とは言わなかった。


「ありがとう」
「これくらい、別に」
「でも、どうしていきなり」
「……」


それきり俯いてしまった相手にこれ以上訊ける訳も無く、それでも三成の手は、普段の刹那の剣捌きからは想像も出来ないくらいにやんわりと儂の両手を握り締めていた。痛々しく腫れたり痣を作った儂の手を、血の気か薄く雪のように白い三成の手が捕まえている。成り行きとはいえ、少なからず好意を抱いている相手の手は嬉しいものなのだと、静かに心臓が鼓動を早めた。


「…秀吉様の、命だ。私の意志じゃない。勘違いするな」
「あ、いや、別に…解っているぞ」
「なら、いい」


こちらに一切顔を見せないまま離れていこうとする手を、儂は後先考えずに確と捕まえてしまった。やってしまってから、しまった、と徐々に焦燥が募り始める。でも不思議なことに、三成がこの手を振りほどかない。


「あー…」
「………」
「そ、そうだ、茶でも飲みながら、少し、話さない、か」


それが余計に焦燥に拍車をかけて、口から出任せに腐りきった言い訳などしてしまうのだ。しかも、こんな言い訳に頷いてくれた三成に、尚更びっくりした。



指先に覆るすべて







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