(家三)





「貴様は、甘い」
「そうだなあ、甘いだろうなあ」
「敵である私を生け捕りなど」
「でも、殺さずにすむ道を、ワシは選びたかった。それをお前が甘いと形容しても仕方のないことだと思う」


私の頬を撫でながらそう言った家康の顔は大分疲れた色を見せていた。昔よりも皮膚の厚くなった大きな手は、相変わらず戦場に出ていることを示すように細かい傷を沢山残している。その手はもう私を追い詰めることはないのだと、改めて実感した。

先の戦で豊臣の残党による凶王束ねる西軍は、跡形もなく東軍に根絶やしにされることとなった。部下も失い長年連れ添った友も倒れた。誰も居なくなった。本当に、何もない虚しさだけが残って、目の前にはそれを奪った仇がいた。
そんな仇は私を捕虜として生かした。殺したくない、お前の血でこの手を汚したくなかった、と個人の意見で起こした行動だ。私も、抵抗はしなかった、もう疲れたから。どうにも手足に力が入らなかった。


「重臣に酷く抗議されてまで敵将を手元に置く義理など無いだろう」
「お前を手放すことと比べたらこれくらい平気だ」「どうして」
「だって折角、三成と普通の会話が出来るというのに」


もう少しだけだ、この夢見の時を噛み締めるくらい、許してくれ、三成。正面からやんわりと、でもしっかりと抱き竦める家康の腕は相変わらず逞しい。もう暫く剣を握っていない私がその拘束から抜け出せるわけがない。

徳川の主が敵将を飼っている。何時しか周りにはそんな噂が尾を引いて出回っていた。そんな下からの圧力に堪えながら、家康は尚も私を突き放さなかった。


「わからない、どうしてだ」
「大切だからだよ」
「どこが、なにが」
「おまえのすべてが」
「いつか、お前自身が、潰れてもか」
「覚悟はとうの昔にしたんだ」


だから目を見て、ワシを見てくれ、みつなり。一層強くなった力は硬い鉄格子のように逃がしてくれそうにない。ああ、わかった、この籠から逃がしてくれないというならば、お前と共に夢に溺れてやろう。所詮私も愚かな人間の一部に過ぎなかったのだ。



(月と太陽は相容れないというのに)



僕らが泣いてる夢を見た







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