(家三/現代仕様)





冷房が完備されていない教室。頬を伝って流れた汗が顎から垂れた。そんな中で隣に座る男、涼しげに本を読んでいる三成が信じられなかった。季節は夏、外は炎天下、今年は連日猛暑日が続き過去最高の記録を更新中だとかテレビのニュースで聞いたような気がする。
三成の長くて白い指が本のページをめくった。カサ、と紙の擦れる音は、窓から見える澄んだ青空とはとても似つかわしくないものだ。
だから尚更自分は外に出て、うんと体を動かして流す汗の方がいいのに(寧ろクラスの大半の奴らは同意見)インドアな三成は貴重な昼休みさえも教室に居座り黙々と目で文字を辿っている。外に誘ったとしても、貴様だけでグラウンドへ行けば良いだろう、と冷たく突き放されるのがオチなのでコンビニで買ってきたアイスキャンディーを咥えながら三成の正面に座っている状況。


「なあ、次の授業なんだっけ」
「世界史」
「うーわー面倒臭え…」


投げ掛けた質問にはちゃんと答えてくれるけれど、相変わらず目線は本に注がれたままで此方を見ようともしない態度が少し気に入らない。そんなにその本が大切か。前に言ったことがあるがその時は、半兵衛様私物の古書なのだから当たり前だ、とつり上げた目で抗議されてしまった。今回も半兵衛の私物であるならこれは手出し出来ない。それならば、と、三成に手を伸ばす。


「っ!家康!」
「ワシにも眼鏡似合うか?」
「貴様…八つ裂きにされたいか…」


紫の縁がついた三成の眼鏡を素早く拝借して自分の耳に掛けてみた。見た目によらず結構な度数のレンズが入ったものみたいなので、長い間掛けていると頭がぐるぐるしそうだった。ただ怒りに震えた三成の形相ははっきりと見える。眉間に寄った皺は深く刻まれている。少しやり過ぎただろうか。


「今日、ワシに付き合ってくれると言ったら返してやろう」
「ふん、残念だな今日は委員会で残、」
「そんなもの、バックレりゃいい話じゃねえか」


あまりにも横暴な条件だと自分でも思った。三成も明らかに不快指数が上昇している顔をしている。ああでも元は本ばかり相手にしてワシを蔑ろにするその態度が悪かった。負けじと至極真面目な顔で三成と向き合ってみた。

きっと頑固な三成のことだから力ずくで奪い返しにくると思っていたのに、最後は予想と反していた。ふう、と溜息をついて机に広げていたままの本をぱたりと閉じたのだ。少し意外な行動。眉間の皺はそのままで、目線は伏せたまま小さな声で「わかった」と言ったのだ。


「みつなり?」
「だから早く眼鏡を返せ」
「あ、うん」


差し出された右手に掛けていた眼鏡を外して掌に置いた。夏だというのにひんやりとした手だ。思わず三成の手ごと握り込んでしまいそうになったが、眼鏡の存在にそれは憚られた。でも結果的にあの三成にYesを言わせることが出来たことがまず一番の収穫だった。
再び掛けた眼鏡はやはり三成だからこそ似合っていた。ワシなんかがつけたってさぞ似合わなかったことだろう。しかも三成に訊いたとしても捻くれた返答しか浮かばない。


「だから、ほら、眉間の皺は解いてくれ」
「………誰のせいで」
「解った、解ったから」


眉間に刻まれた皺を指でなぞると少しだけ緩んだ気がする。そうだ、折角の美しい顔が台なしになるよりは、出来れば笑っていてほしい。多分、それは、ワシの前なら尚更叶うはずもない願望だったけれど。
三成が何かぶつぶつ言っている、はっきりとは聞き取れないが何時ものような文句の嵐なのだろう。ワシはその嵐が過ぎるまで黙って溶けかけたアイスキャンディーを啜って食べていた。

(狸が眼鏡を掛けて利口になったつもりか、と馬鹿にしてやれなかった)
(見惚れていたなどそんな馬鹿な)











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テーマ「人外ファンタジー」
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