(政慶/現代仕様)





部活が終わって、部室で着替えて、夕日で赤く焼けたグラウンドを見る。さっきまでは各々の部活に勤しむ沢山の生徒達で溢れかえっていたが、ほんの数十分でこれだけ閑散となるなんて本当に不思議なものだ。グラウンドに絶えず流れた賑わしい声が耳の奥で聞こえたような気がした。

スポーツバッグの重さにも、静まりかえった廊下を歩くのも、日常の一部だった。自分のクラスの前で立ち止まった時、何時も心臓を鷲掴みにされた錯覚に陥った。ここに、このクラスに、まだあいつがいる。いてくれる。そう願っては毎日飽きもせずガラッと扉を開ける。
窓側の列の前から四番目は俺の席だ。でも今は、上体を倒して眠り続ける姿が其処にあった。呼吸に合わせてゆっくりと体が上下する動きをじっと見つめて、静かにそいつに近付く。でも俺には気付かない。何時もそうだった。俺がその体を揺さ振ることが合図だから、何を言っても、言葉をかけても、起きることはなくて。


「慶次、部活終わった」
「―――……」
「慶次、けいじ、前田慶次」


やはり起きない。相変わらず気持ち良さそうな寝息を立てて夕日の光に照らされる慶次は、どこか綺麗だと思った。彼の髪に光が反射するとその鳶色が更に赤く色づいた。それを見ているのだって悪くないが、肩を並べて伸びた影を写すアスファルトの道を歩いて帰路につきたい。
普段と同じじゃ物足りない。纏められた慶次の長い髪を掬って口元に寄せる。ちゅ、と音を立てて口づけを落として、耳を隠している髪を耳の裏に掛けて、誰か居るわけでもないのにひそひそと声を潜めて呼び続けた。


「慶次、それともHoneyがいいか?」
「―――……」
「…I love you.」
「―――…ぅぁ、」


愛してる。そう呟くと伏せたままの顔がもぞりと動く。倒していた体が僅かに震えて、髪の間から覗く耳が沸騰したかと目を疑うほど赤くなった。そうすれば早くも観念したのか、寝ていた体をゆっくりと起こして俺を見ないまま俯いた。Good morning、と言うとか細い声でお早う、と応えてくれた。
こいつが俺の開ける扉の音で起きるのも、起こされるまで狸寝入りを決め込むのも知っていたことだった。今になってそれをなし崩しにしてやりたいと少しの加虐心が湧いた。


「…バレバレだからな」
「だって、政宗が起こしてくれるときの、体を優しく揺する感じとか、心地好かったんだ」
「今日の起こし方だって俺にとっては心地好かったけどな」
「…俺の心臓、もたないよ」


自分の胸に手を当てて困った様に笑う。この顔が俺は好きだ。その気持ちを表したくて、額に張り付いた前髪を除けて眉間の辺りに唇を寄せて音を立てて離す。目を見開いて再び頬を朱く染める姿は見ていて飽きなくて楽しい。この顔は俺がもたらしたものだとするならば、尚更愉しくて堪らなかった。

スポーツバッグを肩にかけ直して窓の外を見た。相変わらずグラウンドは空っぽのままだ。夕日を浴びた地面の色と、収まらない慶次の頬の朱とが酷く似ていて、そんな些細なことが嬉しかった。



love is blind







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