(就慶) 「我の元へ来るがいい」 輪刀が首に食い込むのがわかる。皮膚を突き破る寸前、そんな絶妙な力加減に流石だと見それてしまう。これは強要とは違う、交渉だと元就は言った。しかしこれのどこが交渉だというのか、完全に脅迫じみた空気じゃないか。反論する余地もなく元就の顔は相変わらず眉一つ動かさない冷淡なものだった。 「これはちょっと、強行すぎない?」 「そなたの意志など知らぬわ」 「元就サン…あんたね…」 そんなわけで、俺は今下手に動けない状況に追い込まれている。両手は顔の横に上げさせられ、自慢の超刀は床に寝かされている為、成す術なくしてされるがままだった。この状況で軍への引き抜きだなんて頷かなければ殺すと言われているようなものだし、だからといってほいほいと付いていく気も毛頭ない。 「…何を申しておるか」 「え?何が?」 「よもやここまで薄情とは、いい度胸ぞ」 元就の言いたいことの先が見えなくてぐるぐると頭の中が回る中で突き付けられていた圧力が消えた。片時も離さないそれを無造作に投げ捨てる元就を見て余計に嫌な予感に苛まれる。え、なにを、なにをされるんだろう俺。表情筋をぴくりとも動かさない面みたいな顔が近づいて上げたままの右手首を掴まれた。そのまま引き寄せられて体が前傾になったところを受け止められると、元就の吐息が耳に掛かって、すごく、擽ったい。身を捩ると抑えつけられて耳でぼそぼそと囁かれた。 「夫婦になるが良い」 「へえぇ?」 「妻となり我の傍で我と共に生きるのだ」 やけに艶っぽい元就の低音に鼓膜がじんじんと痺れるみたいだった。俺が妻?おれが、つまに、なるの?元就の?おとこ、なのに?良く解らないことを言われて頭は余計に掻き乱されるだけだ。 でも、なんだろうな、やっぱり元就の手は優しいというか、落ち着くんだよなぁ。どうしてだろう、あんな輪刀突き付けられて斬られそうになるくらい殺伐としたお人なのに、俺はこの掌が好きなんだ。 「妻は解らないけど、元就と一緒に居たいとは思うよ」 「それは、本心か」 「うん、それじゃあだめかい?」 ならば離れるな、守らぬとその首を掻き切ってやるわ。物騒なことを言うもんだと思いながら、元就の肩に頭を預けて俺は密かに笑ってやるんだ。ああ、やっぱり恋はいいもんだ。 死ぬよりも狡く殺されたい |