(慶次と三成) 「わざわざ伝えに来てくれたのかい」 「そう思いたければそれでいい」 「あんた、優しい奴だな」 豊臣の城の前に植えられた木の根本に座る男の表情は伺えなかった。膝を立ててその上に腕を乗せたまま真っ直ぐとあの城だけを見つめている。風に吹かれる度に靡く長い髪も、黒目の大きいはっきりとした瞳も、語ることは何一つないというように静かだった。恐ろしいほどに。 半兵衛様と秀吉様であったなら。敬愛してやまなかった二人に優しいと言われたなら喜んで言葉に含まれた意味を甘受しただろう。二人と接点のあった男とはいえ、そんな言葉の羅列を述べられたところで何の得もない。 「二人共、本当にやりたいことをやって、悔いるような死に方はしなかったんだろ」 「……解っているだろう」 「ああ、それならいいんだ。俺から言うことは何も無いさ」 過去になった俺からはね。城から視線を逸らして瞼を閉じた男はそれきり黙ったままだった。瞼の裏に描いたものは、友の顔か戦の情景か。 徳川の手によって倒された秀吉様を追うようについ先日半兵衛様までも息を引き取られた。最近体調の思わしく無い様子で秀吉様の代わりに自分が付き添うことが多かった。その度にあの方は笑っていた。辛かったけど幸せだった、秀吉の隣で采配を振るえて良かった、と生気の無い顔で笑うのだ。 だから耐え切れずに訊いてしまった自身の口を心から憎んだ。最期とは言わないけれど、せめて望むものは、御心残りは無いのですか。熱くなる目頭を、霞んで揺れる視界を、必死に堪えて、あの方の白く冷たい掌を握って。 「もし俺が邪魔なら斬ってくれても構わないさ」 「請われたとしても貴様など斬らない」 「冷たいねぇ」 ああ、絶対にこの剣で斬らぬと誓う。お前を易々とあの方に渡してなるものか。最期に紡いだ言葉を聞かなければこんなことにはならなかったというのに。 (あいたい、なあ、かれに) (それで、ごめんといえたなら、) わたしは一生幸せでした。 |