- 「七海ちゃん、ちょっと」 夕餉というか、酒盛りになってきた豊臣での初食事タイム。 竹中さんにお酒を奨められ、ぐびぐびあおっていた私は佐助さんに廊下に連れ出された。 「何ですか?」 「相変わらず酒に強いね」 「妻は夫にないものを持っているものですよ」 そう、幸村さんがお酒弱いから! 声高らかに言い放った私に苦笑を向けていた佐助さんは、一息つくと突然パン!と手の平を合わせた。 「七海ちゃん、ごめん!」 …全力で謝られた。 佐助さんは本当に申し訳なさそうに頭を下げていて、私としても反応に困る。 「ちょ、ちょっと待ってください!何で謝るんですか。 …あ、お見合いの事ですか?」 私の言葉を聞いて、ゆっくり頷く佐助さん。そして高そうな壁に背を預けると、気まずそうに口を開く。 「俺様の計画では、竹中の旦那辺りにお見合い却下されて終わりかと思ってた…んだけど。 予想以上に気に入られた上に徳川家康も来るときた」 「つまり私はお見合いに成功してしまい、嫁に行かねばならぬと」 またまたさらに気まずそうに頷いた佐助さんに、思わず自分のこめかみがピクリと動くのを感じた。 「どう落し前つけてくれんだ猿飛 (予想外だったんだから仕方ありませんよ!)」 「本音と建前が逆だから! 本当、悪い!俺が七海ちゃんの魅力を見くびってたばっかりに!」 これは天地がひっくり返る、いやむしろ私が元の世界に戻る事と同じ位ヤバい状況。 幸村さんに会えない=私の死亡フラグなのだから、このままいくと私は死ぬ。 「…最終手段は、七海ちゃんが武田の血を全く継いでない村人の子だと白状する」 「おお!ナイスアイデア!!」 「でもそれは嘘をついたことになって、大将と真田の旦那が…」 「きゃあああああああ」 「ちょっ、静かに!」 嘘をついた責任を取らされる幸村さんと、さらに武田軍やお館様に迷惑をかける様を想像して思わず悲鳴が上がる。 佐助さんはさすが忍といった動きで、慌てて私の口を塞いだ。 「とにかく、何とかする。だからもう少し耐えてて」 「しゃふへはん…(佐助さん…)」 神妙な顔つきの佐助さんと、佐助さんを信じようと頷いた私。 何とかすると言っても、すべて佐助さんを頼る訳にいかない。何か私にもできることをしなければ。 「私も、嫌われるような行動を取ってみます(首を斬られない範囲で)」 「苦肉の策だね…。本当に申し訳ないけど、頼む!」 「はい!佐助さんにはいつもお世話になってますからね!!」 「さすが七海ちゃん!」 その時突然、親子の誓いのハグを切り裂くように現れた人影が1つ。 「貴様ァ!!私の嫁に何をしている!」 ベロンベロンに酔っ払った石田さんでした。 つか、あの、よ、YOME…。 * 「七海…寝るぞ」 「はい!?あの、先にどうぞ!」 あれから湯浴みを終えても、石田さんの異常なテンションは変わらなかった。 ただ習慣はだろうか(知らないけど)刀の手入れだけはきちんとやった石田さんは、綺麗な刀を枕元に置いて私を手招きしていた。 「貴様は私の嫁だ…一緒に寝るぞ…」 「いやでも…あ、石田さん髪濡れてますよ」 話を逸らすように、雫が滴る髪を指差せば、ぽいっとこちらに飛んで来る手ぬぐい。 「…何ですか」 「拭け」 「何で」 「嫁だからだ」 「何て万能な理由!」 隣に並んだ布団の間からは、いつのまにか硯も退かされていた。 仕方なく、仕方なく!(←ここ重要)私は手ぬぐいを持った手を動かす。 「…眠い」 「へ?」 ああ言ったりこう言ったり。 お酒に酔った石田さんはぼーっとしながら私の腕を引き込んで、そのまま布団に倒れ込んだ。 「ひっ」 「寝るぞ……」 「離して離して!ヒイイ! 幸村さあああん!」 ほぼ泥酔状態になっていた石田さんはコロッと転がるように眠ってしまった。 ぎゅっと握られた手首は離してもらえそうになく、せめてもの応急処置として最大限にまで距離を取って自分の位置を確保する。 ―そういえば今日、幸村さんと話してないなあ。 七海殿!と可愛いらしく笑う幸村さんの表情が頭から離れない。 「七海ちゃん」 ああ、会いたいなあ。 「七海ちゃん! 旦那からの文…言伝、預かってきたよ」 ふと、佐助さんの声がした。いや、佐助さん自体、いた。 天井からひょっこり顔を出した佐助さんは、私に静かに1枚の半紙を見せる。 「拝啓七海殿。 夜分遅くに失礼致す。 如何お過ごしだろうか。 七海殿と少し顔を合わせぬだけで妙に落ち着かない次第。明日は顔を合わせられると嬉しゅうござる。 だって。良かったね七海ちゃん」 「…………ずびっ! ひっ…嬉しくて女泣きですう…!」 「…じゃあ俺様は行くよ」 「はい!ありがとうこざいました!」 天井裏を、静かに佐助さんが帰っていく。 私は読めないその手紙を何度も見返してから、自分の荷物のなかへそっと隠した。 (幸村さんに会いたいな!) |