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「いいですか、ここよりこっちに来たら桐生ハンドが唸りますからね」

並んだ布団をぎりぎりまで引き離し、真ん中に硯を置く。入ろうとすると墨が付いちゃうっていう我ながら画期的な作戦。
自分の純潔を守るためだしね!

「訳の分からない事を行ってないで、さっさと着替えろ」
「へ?え、何ですかこれ」
「みすぼらしい姿で秀吉様と夕餉など許されん。それと、その赤の着物は武田軍の物だろう」

渡された着物は青紫を中心とした暗色のものだった。シンプルながら、鮮やかな色。さらに赤と黒の大きめな簪も添えられている。

「みすぼらしくないです!
それにしても綺麗な簪ですね」

華やかな簪を手に取り、様々な角度から眺める。多分現代なら“万”はするな。

「本当は貴様などに渡したくはないが…光栄に思え。
豊臣を象徴する色と、家紋入りの簪だ」
「…お返ししますね」
「貴様…!秀吉様と半兵衛様のご厚意をよくも…!」
「うわああわかりましたありがたく受け取ります!」

もうこの人には逆らわない。逆らった時点で打ち首だって分かったからね。斬首とか勘弁。
それにしても、いつまでお見合い相手を演じればいいのか。
もともとこんな上手くいくと思ってなかったんだろうね、佐助さん。ザマーミロ!むしろ助けろよぉ!

「石田さん、着替えるんで部屋を貸してください」
「ここで着替えれば良いだろう」
「できるか!私は嫁入り前の純潔な娘よ!」
「どうせ私の嫁になるんだろう」

真顔で、さも当然のように石田さんは言う。
なん…だと!不覚にもときめいた!何かデジャヴュだなこれ!!
でも私はいつまでも幸村さん一筋です。

「ああもうじゃああっち向いててください!」

何とか石田さんを反対に向け、今では手慣れてしまった着物をさっと着替える。

「…侍女無しで着れるのか」
「まあ、そうですね。髪は結えないんですか」

だからそれは侍女さんに、とお願いを試みようとした時。こちらに来て以来ろくにカットなんてしていない髪を三成さんが掴んだ。
黒い、背中近くまで達しそうな髪を手早い動作でまとめて紫の紐でぐるぐる。

「石田さん、髪結えるんですか!?」
「侍女の見よう見真似だ」

サッと長ったらしい髪を結ってくれた石田さんを、今日初めて尊敬する。鏡で見ればかなり綺麗に出来ていて驚いた。

「すごいですね」
「貴様などに褒められても、私は…」
「いやあすごいですよ!私がやったら鳥の巣みたいになりますもん!」

無意識に掴んだ石田さんの手は細くて白い。大きいといえば大きいのだが、武将らしいとはいえなかった。


「は、離せ!
夕餉に行くぞ。秀吉様と半兵衛様を待たせるなど、言語道断だ!!」
「はーい…?」

石田さんはガチャガチャ鎧を鳴らしつつも、ぱっと後ろを向いてしまった。


*

「三成君は照れていたんだよ」

わーわーと、武田軍には到底及ばないけれど騒ぎ立った大広間。
先程の出来事を鬼畜そうなお方、竹中さんに話すとそう言って笑った。

「三成君は勘違いされやすくてね。初めて会う人にベタ褒めされるなんてあまり無いんだよ」
「あー、不器用っぽいですよね。石田さん」

美味しい料理に舌鼓を打つことは忘れずに、今までの石田さんを思い返す。

「…僕は最初、君をただの阿呆だと思っていた」
「私はあなたを鬼畜だと思っていました」
「でも今は、ただの阿呆ではないと思ってるよ」
「今は爽やかで美しい鬼畜仮面だと思ってます」
「やっぱり君は阿呆だ」

石田さんもそうだけど、竹中さんも肌の色が病的に白い。透き通る白さの中、竹中さんは美人といえる微笑みを見せる。

「君には是非、三成君に嫁いで貰いたいね」


…近くで幸村さんがご飯を吹いた音と、佐助さんが食器を落とした音がしました。


*




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