- 「お館様…何の話だろ」 女中さんが用意してくれた着物に着替え、私は床の冷たい廊下を歩いていた。お館様のいるお部屋はお城でも一番大きくて偉い人用のお部屋だ。佐助さんの後ろを歩く私は、少しだけ緊張していた。 「大将ーまだ話して…るみたいだね 七海ちゃんごめん、隣の部屋で少し待ってて 俺様ちょっととってくるものあるから」 お館様のお部屋でまだ誰かが話しているらしい。チラッと開いたとき、幸村さんの匂いがしたから多分中には幸村さんがいる。(さすが私!) 「はい、待ってます」 私が言うと、佐助さんはにかっと笑ってシュッと素早く消えた。 廊下に残された私は隣の部屋に入ろうとしたのだけれど。 「幸村、本気で言っておるのか」 「は、はい! お館様のためなら!」 何の話だろう?とつい足を止めてしまった。 「しかし幸村よ」 「?」 「お前が正室を迎えると言ったら…七海はどんな顔をすると思う?」 「っ!」 私?…正室? 「七海…殿」 「幸村、悩め そして決めるがいい、本当に大切なことを」 「…心得ましてございまする、お館様」 何だか、頭がやけに冷静になっていた。幸村さんがお館様の部屋から出てくる前にと隣の部屋に逃げる。 光のあまり入らないその部屋は、無駄に暗い。私はただ畳に座りこんだ。 「幸村さん…」 昔の人は、恋をして必ずしも結婚できるわけではない。分かっていたようで、分かっていなかった。 幸村さんは武田軍のためにと、どこかのお偉いさんの娘と結婚するのだろう。 それより、何で私はこんなに冷静なのか不思議だった。 「旦那、話は終わった? あれはどーすんの?」 「…俺は」 「…まあ、いきなりだし仕方ないか、と 一番早い見合いは明後日だけど、大丈夫?」 聞きたくないのに頭に入ってくる情報。あれ、なんか悲しい。こんなの私じゃない。 「あ、七海ちゃん待たせてごめんね」 部屋から出ると、佐助さんが右手で紙をひらひらさせて笑っていた。隣には気まずそうな表情の幸村さん。 「…大丈夫です おはようございます、幸村さん」 自分でもいつもと違うのがバレバレだったと思うけど、私はそれをごまかすようにお館様の部屋に逃げ込んだ。 「夢…」 そう、夢だったらいいのに。 * ヒロイン「誰こいつ」 いや本当すんませんいきなりシリアスっすね |