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温泉から帰る頃には、すっかり夜が更けていた。私と佐助さんと幸村さんは船の甲板で3人並んで空を見ている。夜の少しだけ冷たい風に潮の香りは新鮮で心地好かった。
しかしながら今だにあのオクラ頭の顔が脳裏をちらついていらつく。

「真面目に有り得ない…!」
「七海ちゃん」
「畜生…畳の上引きずられて摩擦に苦しめ!」
「七海ちゃん!」
「ぁあああああみなぎってきたあああああ!」
「はいはい静かにしようね!」

がちりと、佐助さんの手にホールドされた私の顔。多分むすっとしていた私の顔は、佐助さんの肩にもたれて眠る幸村さんによって一気に和らいだ。

「寝てる…!
そっか、もう夜遅いから…」
「旦那、時間通りに寝ちゃうから
って、七海ちゃんなんで涙目?」
「可愛いすぎるうっう…!
幸村さんんん可愛いいいい!
もう愛してる!大好き!」
「はいはい、分かったから
じゃ、俺様は旦那布団にいれてくるねー」

佐助さんが、気持ちよさそうに眠る幸村さんを持ち上げてへらりと笑った。

「それなら私が!」
「旦那襲うから駄目」

…よく分かっていらっしゃる。


*

数分後、やってきたのは佐助さんではなくチカリンさんだった。

「何やってんだぁ七海?
風邪ひくぜ」

言って、自分の紫の上着を私の肩にかけてからチカリンさんは私の横に座った。潮の香りがまた鼻をくすぐる。

「夜景みてました
私、海好きですし」

そーかい、チカリンさんは笑いながら豪快に頭を撫でた。案外心地良いなあ。


「チカリンさん
私、実は未来から来たんです」
「…未来?」

急に言いたくなった。
それは他人からしたらにわかに信じられないことのはずなのに。

「信じてくれますか?」

携帯や音楽プレイヤーを見せれば信じてくれるだろう。でもそんな気にはならなかった。

チカリンさんは私の顔をじいっと見つめた後、微笑を浮かべてまた頭を撫でてくれる。

「あぁ
アンタの目は嘘なんかついちゃいねぇ」

本当にいい男だ、チカリンさん。
まあ幸村さんには勝てないけど!


「七海、一つ聞くぜ」
「はい」
「未来に帰りたい、とは思うか」

そういえば、考えたことがなかった。
春にこちらに来て、もう夏が終わる。この期間私はただ自分の思うがままに過ごしてきた。
家族や友人のことを思い出さなかった訳ではない。意図的に、思い出さないようにしているのだ。

「帰りたくない、といったら嘘になりますけど…」

こちらの世界にもすっかり慣れた。帰りたい、けど帰りたくない。

波が、高く押し寄せる。リズムよく聴こえる波の音はなんだが心を冷静にさせてくれた。

「こっちの世界の人の方が礼儀正しいし、あったかいです
星も海も、全然綺麗だし…」

なぜだか鼻の奥がじんわり熱い。柄にもなくシリアスな話なんかするからだ。

つまりは、私は帰りたくないのだ。だけどそれは向こうの大切な人に失礼な気がして。本当は家族や友人に会いたくてたまらないのかも。


「泣かせちまって悪い」

チカリンさんは、ただ私の頭を撫でた。


「アンタは、優しいな」



*
こちらに居たいけど、向こうの世界の人にも会いたいヒロインちゃん
何だこのシリアス…




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