- !9巻ネタバレ(中学生臨也) 来神中学、生物室前。 部屋の扉の前で、苗字名前は体を固めていた。 偶然中の話が聞こえてしまったのだ。 野球賭博、中の彼らはそれを行っているらしい。彼女はそれが“野球賭博”とまでは分からなかったが、野球を使ってお金の賭けをしているのははっきり理解した。 名前は夏特有の湿った暑さを感じながら、何だかまずいことを聞いてしまった、と困ったようにセーラー服のスカートを握りしめながら立ち尽くしていたのだが。 「じゃあまた」 「っ!」 中から人が出てきた。それを察知した彼女は脱兎の如く逃げ出して、出てきた人に見つからぬまま生物準備室に入る。 生物室から遠ざかる足音に安堵したのもつかの間、生物室と生物準備室を繋げるドアを開ける音が彼女をひどく驚かせた。 慌てて零れそうになる声を抑えるが、ドアから入ってきた人物はさも当然かのように名前を見つけだした。 「立ち聞きしてたのが、まさか君みたいな子だとは思わなかったよ」 名前は、あくまで穏やかな笑みを崩さないクラスメートを見ながらぽつりと驚いたように言葉を漏らした。 「折原、臨也くん?」 * 名前のなかの折原臨也のイメージは“完璧な優等生”だった。彼と同じ小学校だった友達から聞いた情報からすると、まさかお金の賭けなんてする人ではなかったはず、と名前は心臓を微かに高鳴らせながら考えた。 目の前に座る臨也はびっくりするくらい顔がよく、普段なら絶対緊張しただろうが、そんなこと考える余裕もない。 「本当に野球賭博をやりにきたじゃないんだ?」 「…あ、あの賭けですか?違います。食虫植物を見に来たんです」 「これを?珍しいね」 臨也の不思議そうな言葉に対し、名前は逆に、みんな来ないんですか?と不思議そうに返す。 臨也は平凡そうな眼前の少女にアブノーマルな趣味があることがどうも想像できない。 そして、話を聞いてしまったことがバレてビクビクと体を震わせていた彼女が、席に着くなりケロリとしてしまったことも気になった。 「うわあ…本当にハエとか食べるんですね。神秘的です」 「ハエトリソウを見て神秘的なんて言うのは君くらいだよ」 「え、そうですか?何か照れます」 「褒めてないよ」 「わたしが褒められた気分だからいいの」 そう言ってハエトリソウをきらきらとした瞳で見つめる彼女を、臨也は物珍しいと思った。 ―彼女は変わってる、と。 「君はさあ、俺が野球賭博やってたことを誰かに言い付けようとか、噂を流してやろうとか思わないの?」 「え、まあ、わたし、貴方に何の恨みもないですしね…。そういうことしてるんだあ、ってびっくりはしましたけど。想像では、折原くんは完璧な優等生…」 名前がその言葉を言い切る前に、がらりと前触れなく生物室の扉が開けられた。臨也ー?なんて間抜けな声と共に。 「あれ、苗字さん?」 「岸谷くん…?」 2人のクラスメートであり、生物部の部長である岸谷新羅だ。 新羅は臨也側の席に座って、君みたいなお客なんて珍しい!と笑う。 最初は彼も野球賭博仲間かと思った名前だったが、臨也の微かな目の動きで何となく違うと悟った。 「そういえば、静雄は元気かい?連絡とってる?」 「あ、元気だよ。週に何回か電話するんだけど、うん。普通に元気」 「そう、なら良かった。君達、学校離れてもラブラブなんて本当に羨ましい!」 「そ、そういうのじゃない!」 2人の微妙な距離感の会話を見ていた臨也は、そういえば名前は新羅と同じ小学校出身だったなあと記憶を探り当てた。 「わたしそろそろ帰る…折原くん、岸谷くんも。ありがとうございました」 ハエトリソウが微かに口を開けるのを見ながら、名前は静かに頭を下げた。 ふわりとスカートを靡かせてでていこうとする彼女の腕を、臨也は脳で考える暇もなく反射的に掴んだ。 「ねえ、苗字さんも生物部に入る気ない?」 「へ?!」 男子に腕を掴まれたことで微かに照れている名前は困ったように新羅に視線を迷わせた。が、新羅は楽しそうに視線を返すだけだ。 「わたし、もう陸上部だから入れないの。…けど、たまにそれ、見に来てもいいですか?」 少し怯えたような表情の彼女の指先は、ハエトリソウに向いている。臨也はもちろん、と手を離してやった。 再び頭を下げ、ぱたぱたと小走りに生物室を離れていく後ろ姿を見ながら、臨也は赤みがかった瞳をきゅうっと細めた。 (世界は、広い) * これまた分かりづらい! エトランゼ=よそから来た人 メランコリック=憂鬱 浮世離れした人達に嫉妬する幼い臨也が目標でしたが失敗しました |