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「君は顔が良い」

…臨也さんに、褒められた。
あれ、わたし耳おかしい?いやいや、幻聴?

「スタイルも良いし、声も女の子らしく高い」
「や、やだ臨也さん!おだてても何も出ませんよう!」
「だから、君が適任」

いつも人を小馬鹿にする臨也さんに初めて褒められて、気持ち悪いくらい舞い上がったわたしは最後の言葉で動きを止めた。

「適任…?」
「そう、仕事。甘楽になりきって、男と食事してきて欲しいんだ」

…甘楽、それは臨也さんがネカマのときに使うHN。甘楽になりきって、ってあのキャッピキャピな甘楽さんにか。
ん…!?まさか体を張って情報を仕入れてこいと…?!
無理だ無理、断固拒否!

「…臨也さんの信者にたくさん可愛い子いましたよねー…」
「まあね。ただ、俺の考えてる甘楽のイメージと合うのは名前だ」

知るかそんなもん!と喉まででかかった言葉をぎりぎり飲み込んで、荒ぶる自分を落ち着かせる。

「まず顔が整っていて、セミロングの黒髪。声が高い。これは君のプロフィールになるけど、身長156の41キロ」
「…何乙女の個人情報サラッと言ってるんですか殴りますよ」
「ここまでなら合う子、結構いたんだけど」

臨也さんは口にしていたコーヒーをゆっくりテーブルの上に戻して、長い脚を組ながら爽やかに笑った。

「胸が小さいっていうイメージが一致したのが君だけでさあ」
「死ね折原臨也!!死して償え!」
「何だっけ、上から7…「殺す!!」」

人のコンプレックスをいけしゃあしゃあと言ってのけた臨也さんに、せめてもの怒りの表現としてクッションを投げつけておいた。当然避けられたけど。

「もちろん報酬は弾むよ」

臨也さんは投げられたクッションをソファーに戻しながら、こちらにピースサイン、2を示す手を差し出した。

「…2万?」
「20万」


……

「やりますやらせてください!臨也さん大好き!」
「あはは、君は本当に金の亡者だね」


*
「はじめましてっ!うさみみショートケーキさん!!」

菓子のようだと形容するのがぴったりな、に甘く可愛いらしい声が街の一角でとけて消えた。
声の主は黒のファーコートに身を包んだ若い女。そして“うさみみショートケーキ”と言われた相手は。

「君が甘楽ちゃん?」

30代前後だと思われる、まだ若い方といえる容姿の男。

「ふふう、そうですよっ!いつもお世話になってますー!」

今日は楽しみましょう!と女が笑うと、つられたように男も笑う。ただしそれは女の容姿に向けられた、下心のあるものだったのだが。女は気づいていないのか、純粋に再び微笑み返した。


*
気持ち悪い。
何がって?自分と隣にいるジジイがです。
こいつは臨也さん演ずる甘楽ちゃんに騙されたエロ男。ちなみに事前に聞いた情報では、新婚妻子持ちサラリーマンらしい。ざけんな、エロリーマン。

「うさみみショートケーキさん、今日は名前は何て呼んだらいいですか?」
「じゃあー、タケシさんかな」

本名だよ。つくづく気持ち悪いうさみみショートケーキ、タケシさん(笑)。

「分かりました!甘楽ちゃんのことは、臨美って呼んでください!」

言いながら、微かな胸をタケシの腕に押し付ければでれっと笑った。気持ち悪い。

「正直、甘楽ちゃん…いや、臨美ちゃんがこんなに可愛いとは思わなかったよ。ネカマだと思ったくらい」
「ぷんぷん!ネカマなんてひどいですー!でも可愛いってのは嬉しいです」

タケシ、その通り。
とゆうか、なら何故来たしって話だよね。


「もう夕方ですし、やっぱりご飯にしますかあ?」
「そうだね。臨美ちゃんは何食べたい?」
「タケシさんの好きなものなら何でもいいですよ」

高級料理おごれやゴルァ、とつい言いそうになったけど我慢。タケシはそう、と笑ってわたしの腕を引きはじめた。

「僕の行きつけに連れていってあげる」
「わあ!楽しみですう!」

気のせいだといいけれど、歩くのが速くなっている…そして腕を掴む力が明らかに異常。なんか悪い気しかしない。


「た、タケシさん?ここもう路地裏です……!?」

タケシが変貌したのは、薄暗い路地裏に入ってからだった。先程よりもさらに下心丸だしな笑みを浮かべながら、ビッ、とわたしにナイフを突き付ける。

「お前も本当は飯だけで済ますつもりじゃあなかったんだろ…?叫ぶなよ、あとで金はやるから」

わたしが何も言わないのを良いことに、タケシは服に手をかけはじめた。……聞いてない、こんなの!

「ふ、ざけないで!!離してこのエロリーマン!」
「うるせえ!!」

熱い衝撃に、襲われた。男の拳はわたしのお腹に入り、お昼に食べた臨也さんのフレンチトーストを吐きそうになる。

「悪く思うなよ…」

汚い。死ね。
最後の力を振り絞って、わたしの手を拘束していない方の手に噛み付いたとき、男が悲鳴をあげてわたしを突き飛ばした。

何だ何だと、尻餅をついたわたしが見上げた先には、黒。わたしと同じファーコート。

「堀内武、34歳。3ヶ月前に結婚、妻は堀内奈々。子供は2人、梨華と海。薬品販売の会社に勤めている。会社での主な仕事は悪質な偽造商品を販売をすることと……麻薬を受け取る事」

地面をのたうちまわるタケシの腹からは血が染み出していた。
タケシの腹を切り裂いた黒い男、…臨也さんは楽しそうに携帯を見ながら彼の情報を読み上げた。しかも、血の出る傷を踏み付けながら。

「麻薬取引に悪徳商法…最悪だねえ、この会社」
「く、あ、お前…!」
「訴えたらどうなるかな?」
「…!やめ、やめろ!いや、やめてくれ!頼む!」

自分の秘密を言われ気が動転したのか、タケシは見知らぬ相手である臨也さんに懇願する。実に滑稽。

「…そんなに頼むなら、どうしようかな」

臨也さんは左手で軽やかにナイフを開け閉めしながら、わたしの方まで歩いてきて手を差し延べた。
それに甘えて、手を借りて立ち上がる。

「名前。お腹、まだ痛い?」
「当たり前じゃないですか…って、何で殴られたの知って…?」
「だって。じゃあやっぱりアンタ方を許すことはできないなあ。そうだ、会社は訴えないであげる代わりに……」

臨也さんは、タケシの傷をえぐるように蹴りあげ。

「会社を脅してアンタをクビにさせて、奥さんにも若い女を襲ったことをバラす。それから麻薬取引の相手に堀内武が取引ミスをして大変なことになった、と情報を吹き込む」

臨也さんは、月明かりが似合うような綺麗な笑顔だった。

「つまり、お前を社会的に抹殺する」

タケシの、絶望的な顔は殴られたわたしからしても気の毒だ。

スキップまじりに路地裏を抜け出す臨也さんに手を引かれながら、わたしはそんな事を考えていた。


*
ずきり、と歩く度にお腹に鈍痛が走った。浮いてくる脂汗と嘔吐感に流石に耐え切れず、足早にわたしの手を引く臨也さんに止まってくれるように声をかけることにした。


「臨也さ、ん。すみませんが少し待って…」

意外にも臨也さんはすぐに止まってくれた。
ほっと胸を撫で下ろすも、それは臨也さんの行動によってすぐに打ち砕けることになる。

「ふうん、やっぱアイツ社会的じゃなくてこの世から抹殺するべきだよね」
「は…」

一瞬、何をされているのか分からなかった。ただ、池袋で良かったと瞬時に思った。
だって新宿の街中でこんなことされたら、浮く。いや、池袋でも現在進行で浮いてるけれど!

「い、いざ…!」

臨也さんはわたしの黒いTシャツ人混みのなかで躊躇なく捲りあげたのだ。胸の見える、ぎりぎり手前まで。もう一度言おう。人混みのなかで、だ。

「この…!何してるんですか変態!」
「新羅のとこ行くよ」

通行人にお世辞にも綺麗とは言えないウエストを公開してしまった羞恥で涙目のわたしを、臨也さんはまたぐいぐい引っ張る。何だか機嫌が悪そうだ。

「…ねえ臨也さん、あんな怪しい男と会わせた時点で危ない目に合うなんて想定内だったんじゃないですか?」

わたしの質問にも、臨也さんは足を止める気配はない。

「そうだね、否定はしない。
駒の一つである君があそこで殴られようが犯されようが俺には関係ないからね」
「だからこそ臨也さんは、わたしが殴られるのも黙って見ていたんでしょう?…じゃあ何で、こうして助けたんですか?」

臨也さんに踏み込んだ質問をするの流石に躊躇があった。しかし、池袋の雑踏は不思議なことにわたしの迷いを打ち消してゆく。

「俺はさあ、恋愛“ごっこ”以外はしない主義なんだよ。人を平等に愛しているからね」
「はあ…?」
「だからこんな感情を認める気はない」
「?」

自分で質問しておきながら、臨也さんの言葉の意味が分からない。まして臨也さんは前を見ていて表情が見えない。余計に何を考えているか分からなかった。

「だから名前の質問にはこう答えておくよ。“君のような興味をそそる上に役に立つ駒を、まだ欠陥品にはしたくなかった”ってね」
「むう…?」

何だか褒められたのか、けなされたのか分からない。いや、多分酷いことを言われた。
それでも繋がれた手を振りきって逃げようとしないわたしは相当折原臨也にはまっているんだろう。


*
分かりづらいうえに長くなってしまいました;▽;
まあいつもの雰囲気文な感じで!←
素直にならない臨也さんと信者気味な鈍感な女の子というテーマ、を今決めました←←




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