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「今から死ぬんだ?」

爽やかな、そして悪意が染み込んだ声が私の脳を柔らかに揺すった。声の主なんて嫌でも分かるから、私は振り向かない。きっと、最低最悪なあの男なんだろうから。

無視を決め込んだ私は、まだまだ夜が明けそうにない池袋の空を見上げた。星なんてない、人類によって汚くなった空はお世辞にも綺麗なんていえない。
ピカピカ、ただの人工的なネオンは私には滑稽に思えた。


「無視はよくないよ、名前ちゃん」

後ろの男が近づいてくる気配がした。それに比例するように私も前へと進み、目の前のフェンスに手をかける。
腰くらいまでしかない壊れたフェンスは、まるで自殺を誘うようだ。
下を見れば、遠くにコンクリートの地面。ここはビルの屋上なのだから当然の光景だ。
私はフェンスを飛び越えて、足元不安定なところへ降り立つ。

「ねえ、名前ちゃん
助けてあげた俺にお礼は?」
「やっぱりイザヤさんでしたか
あのまま死にたかったのに、余計なことをしてくれました」

私の意識内には、つねに自殺願望があった。それは物心がついたときにはすでにあって、今もある。
自分がどこかおかしいのも、自覚していた。だからこそ願望に従って死のうというのに、この人はさっきも、そして今も、もう数えきれないくらい邪魔してきた。

「つれないねえ
俺がいないと駄目なくせに」

頭がおかしくなったのかと思った。いや、おかしいのだろう。私が最大限まで顔を歪めると、彼はこちらに歩を進めながら笑った。

「君はいつも俺が自殺を邪魔するっていうけど、そんなの俺がいないときに死ねばいいだけの話!
頭のいい君ならそれぐらいできるだろう?」

ああ、うるさい。黙ってほしい、私は、私は。

「あなたに何が分かるの…?!」
「いい加減認めるべきだよ」

加減なしに掴まれた手首にじわりと血が滲んだ。それは私が死のうとして切った傷。
彼は傷口に気づくと僅かに笑みを浮かべて、血液がついた手で私の頬を撫でた。
今のうちに落ちてしまおうか。体から力を抜いた瞬間、彼の空いた方の手が私を支えた。また、死ねないじゃないか。

「はっ…アハハハハハ!」

突然笑い出したその男は、訝しげな表情をみせる私など気にせずにフェンスの内側まで引き上げた。
引き上げる勢いのまま、コンクリートにゆるやかに押し倒された。ああ、鳥肌たった。

「何だ、成長したね名前ちゃん!
自分1人で死ぬ勇気が出たんだ?自傷なんてしちゃってさあ
これだから人間は面白いよ!
アッハハハハ!」
「何が愉快で笑ってるんですか…もういいでしょう?
何ならイザヤさんが殺してください」

それを聞いた彼は、目を細めて私の髪に指を絡めた。

「俺は最初、君が恵まれていながら、無意識に!自殺願望者になった理由を知りたかったんだけど…もう飽きちゃった」
「それなら…」
「でも死なせない
こんなに面白い観察対象を簡単に死なせてたまるか」

最低最悪な人間は、私を抱き寄せてそう言い切った。動けない私に、彼は嘲笑うかのように囁いた。

「大丈夫、俺が君に生存願望をつくってあげるよ?」

馬鹿じゃないの、
私の声は真っ暗な空にとけた。


#終わりが見えないことは怖いことだ


お題拝借#虚言症さま




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