黄瀬君は、多分帝光で一番のイケメンさん。いや、むしろメディアに出るくらいだから、世間で見ても相当なイケメンさんだ。そう言うと彼は謙遜するけど、内心自分がイケメンだという事実は自負しているだろう。
青峰君は、日本一の帝光バスケ部においても絶対的な存在だ。その力が開花してからはあまり練習に来なくなってしまったけれど、やっぱり能力は衰えない。それゆえ学校とバスケ界では有名人である。(でも、彼は多分どうでもいいと思っているだろう)


そんな有名で目立つ人達、特に女子を虜にする黄瀬君よ。どうか私のような凡人に気を遣ってほしいのだよ。


担任兼数学教師に頼まれた教材運びは、明らかに女子1人に頼む量ではなかった。まず、持ったら歩くのも儘ならない。
私も一応筋肉と体力は、普段からマネージャー業で鍛えられているはずなのに!

40冊の重たいワークを両手で必死に持ち上げ、階段を一段一段登る。私の教室は4階。ここ2階。いっそ投げ出したい。
後で数学係の片割れ、平田君にはお詫びのお菓子を請求せねば。


「おい、ちびっこ。ピンクのパンツ見えてんぞー」
「ちびっこ?あ、宇佐美っちー!」

昼休みでにぎわう廊下で、惜しげもない大声が響く。しかもパンツ!大量のワークが無かったら私は今すぐ絶叫して、パンツの犯人青峰君を殴り倒していただろう。

「宇佐美っちー!何スかその教材!俺持つっスよー」
「わっ」

ひょい、と犬でも持ち上げるかのように、あの鉛のようなワークが持ち上げられた。は?どんな筋肉つけたらそんな軽々と…バカな…。

「え、あ、ごめんね」
「いいんスよ!それにしても重いっスね。何で先生は宇佐美っちにこんな物持たせようと思ったんスかね?」

にこっと笑う黄瀬君。優しいし、格好いいなあ、とぼーっとしてしまう。きゃああああと周囲の女子から上がる大歓声で、私は意識を取り戻した。これだからナチュラルイケメンは。

「あ、青峰っちが持ってくれてもいいんスよ?」
「面倒くせえ」

対して人のパンツの色を大声で叫んだこの傍若無人のガングロ野郎である。
それでもスポーツ万能、長身という長所は女子を十分引き付けるらしく、遠巻きに色めきだった女子達が伺えた。
ぎゃあぎゃあとくだらないじゃれ合いをする2人の後ろを、呆れながらついて歩く。


「もー!半分くらい持ってくださいっス!」
「ぴーぴーうるせえぞ黄瀬」

仲がよさげで何より。
そんな、ちょっとだけ和やかな気持ちで、2人を見ていたのが悪かった。

「あ」

ずる、と足が無機質な階段に持っていかれる。

「宇佐美?」

青峰君がいち早く私の異変に気づく。彼の反射神経はもう人間レベルをゆうに越えているようだ。
後ろに傾く身体、私の手を掴む青峰君の手。

そして、私は。


「すみませんが離してください!」

青峰君の大きな手を振りほどき、自ら階段から落ちる道を選択した。

「おいっ…!」

ぎゅっと目を瞑る。身体が強ばる。私は見事に階段から落下し、何も出来ないまま背中から床に突っ込んだ。実に無念。

「宇佐美っち!」

黄瀬君が大袈裟な声を出して降りてきて、私の横にしゃがむ。青峰君は私を上から見下ろし怒り心頭、といった強面で私を睨んでいた。

「宇佐美…何で手ぇ離しやがった…」
「も、もし青峰君を落下の道連れにして怪我でもしたら…マネージャーとして示しがつかないから…」

そ、そうだ。今回は正当な理由もあるし、青峰君が怒ることは何もない。胸張っていこ「馬鹿かこのチビ!」はい無理です!!

これが噂の壁ドンならね床ドン…。
勢いよく床に叩きつけられた手から微かに伝わる振動。
私の身体の横に膝をついて座った青峰君は相変わらず不満げで、隣にいる黄瀬君は苦い笑みを浮かべていた。

「宇佐美っちは軽いんで、まさかこの人が道連れになることはないっスよ」
「お前は俺をナメてんのか」
「うぎゃっ!痛い痛い!腰、無理!待って!」

嬉しいような悔しいような苦々しい気分で呆然としていた私の胸ぐらが、青峰君によって掴まれる。とたんに背中から腰に走る鈍痛に絶叫した。

「もっと、ゆっくり…」
「……何かエロくね?」
「アンタ最低っス」

何だかんだで青峰君は胸ぐらは止めて今度は後ろの襟首を掴んで引っ張り起こしてくれる。自分が情けない。

「優しくしてください…」
「お前実は確信犯だろ」

黄瀬君が私を持ち上げ、青峰君の背中に乗せた。うわ、お昼抜けばよかった。重いだろうな…。

「たっか!高い!超高い!!」
「大人しくしろ」

こんなに高いおんぶは初めてで、ついはしゃいでしまう。…一喝された。

「お手数おかけします…。重くてすいません…」
「あー、さつきより軽いかもな」
「胸の分だ…それ…」
「確かに。当たるものが少ねえ」

くっ…つくづく失礼な男だ。黄瀬君も慰めるのはやめて。スレンダーとかフォローになってない。背見てくれよ…悲しいなあ。

「結局青峰っちも配達屋さんっスね」
「ったく…赤司んとこに届けてやろうか」
「そういうの良くない、良くないよ!!」

で、忘れてたけどすごい目立ってますね。女子すごい怒ってますね!!

でも、2人とも善意ある行動をしてくれてる訳だし、今回くらいは甘えてもいいでしょうか?


(白!どうしたのだよ!)
(やべ、ここにもうるさい奴がいたな)


#有名人でも仲間の一人な訳で




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