― 部活も終わり、片付けをしながら自分の袖口を見て無意識のうちににやける。赤と黒、今日届いた皆と同じ誠凛のジャージ。 「ジャージ、似合いますね」 ふらりと現れた黒子君が、そんな私を見かねてか声をかける。 「ありがとう。誠凛のかっこいいよね!超嬉しい!」 制服の上から着る事もあるだろうから、とカントクさんに言われて大きめな物を買った。…割とぶかぶかすぎたかな? 「でも緑間君の、たまに着てましたよね」 そこに、黒子!とタイミングが良いのか悪いのか、日向先輩のお呼びがかかる。 真ちゃんの、ジャージか。何かと懐かしい思い出が蘇る。ヘタレの昔話の中でも、指折りの衝撃的事件の話だ。 ***** 「調子乗ってるんじゃないわよ!」 中学生らしい高い金切り声をBGMに、大げさな音を立てて私の頬は勢いよく打たれる。瞬間、じわりと頬は熱を持ち始めるが、それを感じる前に今度は水をかけられていた。 今まさに、いじめられている。こんなの一生に一度の体験だろう、そう願いたい。 下級生らしき女の子が2人、トイレに入ってこようとした後に目を丸くして出ていく。 当たり前だ。5人に囲まれ、びしょびしょになった私。誰がどう見ても普通じゃない。 「マネージャー止めろよ」 「赤司君の周りをちょろちょろしないでくれる?」 「黄瀬君にも媚び売って…」 高い位置でサイドポニーをした女の子が泣き始める。おかしい。今泣くべき人は私だよ!絶対! 「何とか言いなさいよ!」 喋るとどうせ黙れって怒るくせに、理不尽だ。理不尽極まりない。 女の子達に罵倒されるのを黙って聞いていると、一人の子に顔を掴まれる。リーダーっぽい子だ。あだだだだ顔つぶれる。 「結局あんたは誰狙いなの」 「誰狙いとかそんな…」 同時に、パンッと頬を叩かれた。に、二回目入りましたー!だから理不尽だって!私は正直に言ったまでなのに! 「なら赤司君に媚びを売るのやめろっつう話」 ごく、と飲み込んだ唾液から少しだけ鉄の味がする。口の中と端が切れたみたいだ。 胸の奥がキリキリ痛む。胃も痛いし。 「何とか言えよっ…!」 生憎、リーダー(仮)の身長は高く、私は低い。あまり強く押した訳では無かったのかもしれないけれど、私の体は壁に打ち付けられ、膝から力が抜けていった。息が詰まる。苦しかった。 同時にポケットから携帯が落ちる。それはしつこく着信を告げていた。 「…大体あんた、何で一軍のマネージャーなの。私達は入れてもらえなかったのに!どうせ媚び売って入部したんでしょう!」 「違う!それはせーくんが…」 自分でも、失敗したと思った。今せーくんの名前を出すなど、喧嘩を売っているようなもの。嗚呼、やってしまった。 案の定、三回目のビンタ。再び水をかけられて罵倒された後、何十分にも及ぶ行為は終わった。 部活に行く前で、ジャージに着替えていたのが不幸中の幸いだ。制服なら帰れなかった。 打ち付けたせいでズキズキ痛む腰を押さえ、鉄の味が広がる口を水道でゆすぐ。私ヘタレなのに。波乱万丈だなあ。 血の滲んだ唾液が流れるのを見送り、鏡を見ると真っ赤に腫れた頬と切れた口元があった。 水に濡れた携帯を拾い上げて着信を確認する。 せーくん、黒子君から。部活はもう始まっている。行かなければ。 ふらふらトイレを出ると、壁に背を預け、腕を組んでいる人影が目に入る。よく見ずに、自分を苛めた人だと勘違いした私は慌てて逆方向に走り出したが、すぐに捕まった。待つのだよ、と安心する声。 「白、風邪を引くぞ」 「…真ちゃん、部活は?」 振り返った私の顔を見て、真ちゃんの表情が僅かに歪む。苛められたのがバレているとしたら、非常に惨めだろう。 「…馬鹿め」 真ちゃんの指は、テーピングが取れていた。服も練習着だ。部活、抜け出してきたのかな。 私は、無意識のうちにぼろぼろ泣いていたらしい。真ちゃんの綺麗な指が、涙を拭う為に頬に触れる度にヒリヒリ痛んだ。 「赤司に言うか?」 首は思い切り横に振ったものの、優しい口調のせいで涙はさらに止まらず、情けない嗚咽が漏れる。 「…保健室に行くのだよ。部活は?」 「……出たい」 真ちゃんは何も言わずに手を引いてくれる。小さい子供みたいに泣きながら黙って付いていき、保健室で手当てを受けている間に今度は着替えを持ってきてくれた。 さっちゃんのシャツと黒子君のハーフパンツ、真ちゃんのジャージ。 ちぐはぐなそれを身に付け、頬には絆創膏。間抜けな私の姿を見て、真ちゃんは鼻で笑った。 「真ちゃんひどい!てかジャージぶかぶかすぎる!」 「白が小さいだけなのだよ」 ぶかぶかのジャージは真ちゃんの匂いがして落ち着くだとか本当は思ったけど、黙っておこう。 歩幅の差を考えて歩いてくれる真ちゃんの後に続きながら、私はぐすぐす鼻を鳴らしながら付いていく。 今さらながら、真ちゃんはどうして苛められたのを知っているのだろう。もし、もしだ。赤司君にバレたら情けなくて顔を合わせられない。彼とは対等とはいかずも、せめて不甲斐ない所を見せたくはないのだ。 「…今日は、お前を見たらしい一年のマネージャーが教えに来たのだよ」 私の心を読んだかのように、真ちゃんが言う。いつもはデリカシーの欠片もないし、ツンデレの癖に。 後ろから走って、真ちゃんの広い背中にダイブ。 少しだけにじみ出た涙は隠して、私はいつものように真ちゃんに甘えた。 **** 「白、遅刻した原因はその怪我? 緑間も急に抜け出してどうしたんだ」 「…一年のマネージャーが、こいつが盛大に転んでプールに落ちたと知らせに来たのだよ」 「…全く。早く働いておいで」 「は、はい!」 「で、本当はまた苛められてたと」 「っ…!」 「俺に隠せると思った?緑間」 「お前は本当に…」 「あれは頂けない。早急に対応すべきだな」 「…はあ」 #何だかんだでぬるま湯で生きていたと、私は未だに知らない |