_ シャー、シャー、とつめやすりをかける音が響く。私の手の爪を、一つ一つ丁寧に。真ちゃんは爪やすりをかけてくれた。 いつものようにマッサージをしようとしたら、たまには何かする、とデレを発動してくれたのだ。可愛いね。 今日は水曜日。夜9時。 ほぼ毎日、授業の予習は2人で行う。 真ちゃんの部屋はシンプルで綺麗だが、ファッション誌や化粧水がちらほら散らばっている。無論、私のものだ。ごめんね真ちゃん! 「真ちゃん、上手だね」 「いつもやっているからな。完成したのだよ」 完成した爪は綺麗に形が整っていて、私のものとは思えない。心なしかつやつやしてる。 「さすが真ちゃん!大好き! じゃあマッサージしますよー」 ベッドにうつぶせになった真ちゃんの上に跨がり、脚から腕を念入りにマッサージする。昔からの日課だ。真ちゃんのシュートは全身に負担がかかる為だ。 そういえば、と話を始めようとした刹那。 『キャアアアアア!!!』 「っ」 けたたましく震えながら、悲鳴を鳴らす私のスマートフォン。確かそれは真ちゃんは耳元にあったはずだ。私は今真ちゃんの頭と違う方向を向いて脚をマッサージしている。携帯は見れない。 しかしながら、あれはせーくん用着信音だ。女の悲鳴から始まり、だんだん近づく足音とサイレン、息づかいが約15秒続き、最後に“見つけた…”とホラーな声がする。昔、せーくんが勝手に設定した。これなら15秒以内に見るでしょ、と。 「真ちゃん、早く止めて早く早く!」 「…」 その事情を既知している真ちゃんはすぐに携帯を止めてくれた。ついでに読み上げて、と言うと全く、と文句を呟きながらも口を開く。優しい。 「“お前が来るべきだ。それと昨日の電話は何だ?”…赤司からだ」 頭を真ちゃんと同じ方向にして、肩をマッサージしながら携帯を覗く。せーくんめ。後で返信しよう。 今度は普通の着信音。 右腕をマッサージしつつ、また読み上げてもらう。 「“例の撮影終わったっス!うさぎ見てると宇佐美っちの事ばかり思い出しちゃって大変だったっス!○○の8月号掲載!乞うご期待っスよ!” やたらハートが付いている。黄瀬からだ。うさぎの写真が添付されているのだよ」 不満げ、というかうざったそうなのが真ちゃんの声音から既に伝わって、思わず笑う。 「黄瀬君、今日うさぎカフェで撮影だったらしいの」 うさぎと戯れる黄瀬君か…。彼はイケメンだから何でも様になる。楽しみだ。 「…これはあいつらのフォルダか?」 真ちゃんが抑揚の無い声で言う。肩を押しながら画面を見ると、ばーっとたくさんのメールが並んでいて、すべてキセキの皆からだ。 「そうそう。中学の名残でね」 そこにはせーくん、黄瀬君、黄瀬君、せーくん、と2つの名前が主だって目立つ。たまに紫原君と青峰君、そして真ちゃん。 「…ずっと気になっていた」 「何が?」 「お前と赤司は、付き合っているという認識は間違えていないのか」 ぐり、と嫌な感覚と共に、真ちゃんの苦痛のうめき声。やばい、骨押しちゃった。痛いのだよ!と顔を青くして起き上がった真ちゃんは、私の顔を見て呆れたようにため息を漏らした。 「せせせせーくんと私じゃ、人間としての完成度が違うでしょ!ないない!」 「しかし、あいつ自身は周りに付き合っていると公言していただろう」 今どんだけ真っ青な顔しているんだろう、私。 せーくんは主将として自身の技術、統率力、運、練習量、自信などを持った完璧な人間だ。そして多少の加虐性を兼ね備えていたけれど、普段は温厚であった。 「せーくんからしたら、遊びだよ、遊び…本当に、うん」 悲しきかな。 付き合っていると言ってくれた事もあるけれど、私はあれは冗談だと踏んでいる。全ての勝者であるせーくんが、私と付き合うなんて、そんな馬鹿な。 「…私は、冗談でも付き合ってるなんて言って欲しくなかった」 「どういう意味だ」 それでも、今でもこうしてメールをして、彼が東京に来れば会って。恋人みたいな事をしているのは、私が踏ん切りがつかないでいるからだろう。 私は今せーくんに、付き合って頂いてるのでしょうか。 何回そのメールを作って消したことか。 「私が自分に自信を持てるような人なら、よかったなあって。それなら、せーくんの冗談も、ちょっとは本気に聞こえたのかも」 少しの沈黙の後、真ちゃんの大きな手がぶっきらぼうに私の髪を撫でた。馬鹿みたいに優しく。やめろ、ときめくでしょうが。 「お前は本当にヘタレなのだよ」 「………うるさい」 ちょっとだけ泣いたのは、幼なじみ内の秘密だ。 『白と俺は恋人だよ』 後日突然そんなメールが届き真ちゃんを問い詰めた。 「何か言ったでしょ、真ちゃん」 しかし彼は本当に白であった。 「せーくんは、やっぱり怖いなあ。とゆうか、麻薬みたいな人だなあ」 (…多分赤司も、お前の事をそう思っているのだよ) |