- あまり笑わない人だなあと思っていた。 むしろ彼は学校に来ることが少なかった。噂に寄れば、高校進学もしないだとか。 まあ、その、つまりだ。 気になっていたのだ。 「兄さん?家ではよく笑うよ」 超頭の良い、彼のイケメンな弟。もとい進学する高校が同じ奥村雪男君は、真顔でそう言ってのけた。 「そうなんだ…」 夏休み:受験生の心得、と書かれたプリントが先生から配布される。私と雪男君はこの高校の奨学生を希望している仲間だ。 「あなたは兄の隣の席なんですよね?」 肯定の意を答えようと口を開いた時、先生がいかに受験が難しいか、怖いものかを告げる。そんなの、頭には留めないけれど。 「そうだよ。奥村君とは、3年同じクラスだし」 「…良かったら、今日家に来ませんか? 同じ高校に行く仲間ですし、良かったら一緒に勉強を」 まさかの、不思議な、いや不自然なお誘いに戸惑う。 雪男君は整った笑顔を見せ、ね?と私に問い掛けた。 * 「あ、お前…」 どうしてこうなってしまったんだと、私は数時間前の自分を呪った。 学校の後、雪男君の家である教会に招かれた私はお茶を持ってきてくれるという彼を待っていた。 「あ、え、お邪魔してます、です」 男の子の部屋なんて初めてで緊張していたし、頭が回らなかったんだ。双子だし、よく見なくても部屋には寝る場所が2つある。 兄である奥村燐君がいても、おかしくない。 「お、おう」 別に彼を意識することないだろう、自分! そうして自分を落ち着かせ、目の前の小さなテーブルに視線を落とした。 奥村君は漫画の積まれた勉強机の元へ行き、落ち着かない様子で椅子に腰掛けた。 「ゆ、雪男が彼女連れてきたってジジイが騒いでたからよ。気になったんだけど…お前だったんだな」 さっきから疑問に思っていたが、奥村君は私を知っているらしい。意外な事実発覚だ。 「いやですね、私は雪男君の彼女じゃないです。雪男君と志望校が同じだけのしがない一般人です」 「お、じゃあお前も頭良いんだな!いつも隣で寝てたからてっきり馬鹿かと…」 「良くはないですよ! というか、さっきから気になってたんですが…私の事知ってるんですね?」 奥村君が、大きな青い目をぱちぱちさせて私を見つめる。なにかを考えているような間を経て、ゆっくり口を開く。 「隣の席…さ、佐藤?」 誰だよ佐藤。有りがちだよ佐藤。 「うん…何か、別に佐藤でいいよ、佐藤だよ。 ……暑いね」 「お、う」 ミンミンと鳴きつづける夏の風物詩が煩い。しかし私達の中に会話はなく、しんとした生温い空気が吹き抜けるのみだ。 「あれ、兄さん居たんだ」 まさに神の、救いの手だ。 カラカラとグラスのなかの氷を鳴らして麦茶を持ってきた雪男君は、凝結して水滴の滴るグラスをテーブルに2つ置く。 何で俺の分がねえんだ!と講義を始めた奥村君を、雪男君が軽くあしらうように対応する。 (あ、笑った) 奥村君が仲睦まじい兄弟のじゃれあいの中で不意に笑顔を見せる。 何だこれ、胸の奥がスースーする。 「な、佐藤も思うだろ!?」 満面の笑みで問い掛けてきた奥村君に、私の心は根こそぎ持って行かれた気がした。 「う、ん」 そら見ろ!と奥村君がまた笑う。 ああ、これだ、この笑顔。 #ずっと探してたよ (探し物は君の笑顔でした) 素敵企画ステファニーさまに提出 ありがとうございました! 雪男はヒロインの気持ちを全部察しているゆえに家に招いた、という補足を添えて置きます。 文才が来い! |