- 「え…廉造、誕生日なの?!」 7月4日。 極普通の平日であるこの日。 学校での授業を終えた志摩と菜子は2人揃って塾へと向かっていた。 「あれ、菜子ちゃんに言ってへんかった?」 今日は志摩廉造16歳の誕生日である。それを当日、今知った菜子は驚愕し、廊下で志摩につかみ掛かった。 突然胸倉を掴まれて壁に押し付けられた志摩は、頭いくつぶん小さい菜子を見下ろしながら首をかしげる。 「何で言ってくれなかったのー!!」 高い鈴の音のような声は、甲高く廊下に響き渡った。 志摩の襟から手を離した菜子は、うんうんと何かを考える動作を始める。何だ何だと志摩が笑っていた時、廊下の向こうに燐が走って来るのが見えた。 先程まで3人でいたのだが、忘れ物を取りに寮に戻っていたのだ。 「志摩!受け取れ!」 何故か満面の笑みの燐は、志摩に雑誌のようなものを投げる。 「っと、何やこれ…………なっ! 奥村君、こ、これ!!」 「誕生日なんだろ?」 雑誌、雑誌は雑誌なのだが、今志摩の手にあるのは成人向けの雑誌。いわゆるエロ本だ。 「しかも新品で最新や! 奥村君!大好きやあー!!」 「おわっ!」 エロ本片手に燐に抱き着く志摩と、照れる燐。考えることに集中していた菜子は意識をこちらに戻し、異様な光景に首を傾げた。 ともかく、考えに考えて彼女が編み出したのは至極シンプルな物だった。 「廉造!私からのプレゼント!」 「お、菜子も何かあげんのか?」 「うん! えっと、1つだけ何でも言うこと聞きます」 さらに、こんな事ですいませんと付け加えられる。しかし志摩にとっては充分嬉しい提案だった。 「ほんならお言葉に甘えて。 せやなあ、一日デート…」 パンパンッ 一日デートせえへん?、という夢と希望に溢れたお願いは、全て言い切られることなく空気に混じり、消えた。 「…」 「あれ?銃の音?でも弾無いし…」 「おい、志摩!顔真っ青だけど大丈夫か?」 燐と菜子にこそ見えなかったが、銃は確かに発砲されていた。弾はプラスチックで、標的に当たると砕け散る威嚇用の物だったが。 それは二発ほど発砲され、見事に志摩の両頬を掠めて壁に当たった。 「…(間違えない。先生の仕業や…!)」 「志摩くん。その本は没収します」 「ひいっ!」 はきはきとした、厳しい声。 3人が振り向いた先にはにっこりと笑顔を浮かべた雪男が立っていた。 「ああ、おい!それは俺が志摩にあげたんだぞ!返しやがれ!!」 「駄目だよ。これは椿先生に預かってもらう」 「お前も男だろ!これくらい見逃せ!」 7センチ差の壁を利用して本を奪われないように目一杯高く手をあげる弟と、ぴょんぴょん跳ねる兄。何ともいえない光景だ。 「あ、ねえ廉造。デートいつにする?」 笑顔で燐のジャンプする姿を見守っていた菜子が、同じくぴょんぴょんと跳ねながら志摩に尋ねる。―刹那。 「ひっ…(先生めっちゃこっち見とる!睨んどる!)」 「廉造?」 「デ、デートはまた今度や!」 冷や汗だらだらで志摩が言うと、雪男は満足したようにエロ本を持ったまま教室へ入っていった。 待てゴルァ!とすかさずそれを追いかける燐。 ふう、と安堵のため息を一つ漏らした志摩は、ようやく落ち着いて菜子に向き合う。 「菜子ちゃん。お願い、1つ」 「なに?」 「今度また水着姿、見せてや」 爽やかに笑った志摩に、いいよ!と同じく笑った菜子。 数秒後に弾丸が飛んで来るとは、まだ誰も知らない。 * 2011/7/8 |