_ 「木村、お前に頼みがある」 練習後、珍しく私の目を見つめて主将が言った。 頭いくつ分か大きな彼を同じく見つめ返すと、う、とたじろいで目を逸らす。彼は女の子が苦手なのだ。 ああ、とか、違う、とか、会話はもっぱらそんなんだ。 「何ですか、主将?」 最近はそんな主将をからかうのも面白かったりする。 マネージャーと主将は意外に繋がりがあるからね! 「もうすぐ実力テストだろ?」 「テスト…あぁ、はい」 主将の言葉に突然憂鬱になる。何てったってテスト。つらい。 「黄瀬に勉強を教えて、学年で二桁の順位を取らせてくれ」 「…は」 着替えた部員達が挨拶をして去っていく。私は固まった頭をほぐそうとぎぎぎ、と首を動かしてコートを見た。自主練をする黄瀬がいる。 「しゅ、主将!あの人、顔とバスケはすごいですけど、頭は、こう、じわじわ地味に悪いんですよ!中の下みたいな!」 「ひどい言い様だな…」 だって!と慌てて口を開こうとした私の背中に、突如ずっしりとした重みが かかる。 「海っち、笠松先輩!2人で何話してるんスかー!ずるいっスよ!」 わんわん。大きい犬みたいにじゃれてくる黄瀬はいつもの事。 滴る爽やかな汗を(イケメンだ…)タオルで拭うと、あるはずない尻尾をブンブン振られた気さえした。 「黄瀬…今テスト前だけど何かしてる?」 「え?いや、俺あんまりテスト勉強しないタイプなんスよー」 「主将すいません私には無理です手に負えません」 主将に泣きつくと、彼は黄瀬をどつきながら二桁でも一桁でも良いから取ってこい!と例の課題を命じていた。当然、黄瀬は涙目。 勉強は好きじゃないっス、とか言いながら整った眉毛をハの字に寄せる。 ふと。 おもむろに自分の携帯を取り出す。そういえば、あの人も。 「ねぇ、黄瀬。見てこれ」 「何スかこれ…メール?」 「大我君から。実力テストの為に徹夜合宿だって! 勉強頑張ってて偉いなー!すごい、かっこいい!」 わざとらしい演技に主将も苦い笑みを浮かべていた。 いや、大我君はかっこいいよ!普通に! 「い、いつの間に火神っちとアド交換したんスかー!」 「そこかい!」 「くっ…俺なんて教えてもらったの6番目っスから…」 「いや、何の自慢にもならないよ?」 余談だが、私は中2で初めて携帯を手に入れた。黄瀬君は何故か一番にそれを嗅ぎ付けて(犬だ…)アドレスを尋ねてくれた。(一応モデルだ。おそれ多い) 「ま、キセキの中ではビリだよね」 「ぐっ…」 言い出しっぺの黄瀬は、何だかんだでキセキの中で教えたのは最後だった。ちなみに家電のテツヤ君を入れれば7番目。 「確か一番は征十郎君だったね…」 まさか彼を拒む理由も、逆らう度胸も勿論なかったから。 黄瀬も思い出したのか苦々しい顔で笠松先輩に泣きついている。(もちろん蹴られた) 「いいなあ…俺も何でもいいから海っちの一番とか初めてが欲しいっス…」 笠松先輩が何故かふしだらだと黄瀬を叱ったが、そのぼやきをみすみす逃す私ではない。 「き、黄瀬!テスト良かったら、…私の初めてとか一番とかあげる!何でもしてあげる!」 黄瀬は整った顔をこちらに向けて固まっていた。ごめんなさい。意味分かんないですよね。 ていうか私すごい身を犠牲にしてる。偉い。1日奴隷とか言われたらどうしましょう。 「本当っすか!?」 …ん? まさかのすごい好反応だ。 尻尾をぶんぶん振って(幻覚)私の肩をゆさぶる黄瀬に、少し安心した。主将は何故か焦っている。 「じゃあ、お弁当!手作り弁当はどうスか?!」 目をきらっきらさせた黄瀬からの要求はまさかのお弁当であった。 私は帝光のマネージャーだったけれど、差し入れはさっちゃんが担当していた。うん、だから誰かにお弁当とかは確かに初めてだ。 「いいよ。冷食なしで、完全手作りのやつね!」 てかお弁当ならファンの子からたくさん貰ってるんじゃなかろうか?まあ黄瀬がそれで良いなら良いのかもしれない。 代わりに超美味しくて、黄瀬の好物をたくさん入れたお弁当にしてあげよう!うん! 「よっしゃぁあっ!海っち!約束っスよ!」 「おい黄瀬」 「愛妻弁当っ……どうしたんスか先輩?」 「…一桁位、とれるよな?」 「……」 間。 先輩然り気無くハードル上げてるね。 がんばる、っス、よー…と力なく言った黄瀬を横目に、私は数日後のお弁当作りについてあれこれ思案した。 #そらとぶわたあめ |