- 「いざやくんいざやくん!」 小さな少女が走る、走る。 「鈴…?」 楽しそうに、こちらへ走る。 「わたしはこれから名案を口にするです!」 立ち尽くす青年の前で服を脱ぎ捨て、にこっと笑った。 「身体でいざやくんを癒します!」 * 「……」 臨也の視界には、普段通りの自宅の天井が広がっていた。 すぐ近くにあった携帯を引き寄せて気だるいアラームを止め、ふと気づく。 腹の上で小さな少女が気持ち良さそうに寝ている。よくぞまあ乗ったもんだという体勢で。 そして、思い出した。 (ああ…まさかあんな夢を見るなんてね) 「鈴、朝だから起きて」 「ううん、九十九屋のおじさんのあほちんー」 腹の上で眠る少女によって、自分のシャツに涎が垂れているのに気づいた臨也は少女を起こしながら顔をしかめる。 「ふうう…あれ、いざやくん…もう朝ですか」 「やっと起きたのか…。ほら、顔洗って来ないと」 鈴は目を擦りながら、うう、と鳴いて頷いた。ゆっくり2人で流し台に向かい、顔を洗う。 「つ、冷たいですううっ!いざやくん、布!布を!」 「布じゃなくてタオル。あと濡れたまま歩かないこと」 「うう」 臨也はびしょびしょの鈴の顔を拭いてやりながら気づく。鈴の分の歯ブラシがない。それ以外の生活用品も。 今は予備のものを渡せばいいが、それも長くは続かないだろう。 「…鈴、今日は出掛けようか」 「えっ!お出かけですか?」 「そう。生活用品を揃えにね。鈴は池袋、行ったことあるかい?」 渡された歯ブラシに歯磨き粉をのせていた鈴は、きらきらと瞳を輝かせながら首を振った。 「ないです! でも九十九屋のおじさんがよく、池袋についてわたしに聞かせてくれたです!」 「ああ、成る程」 いかにも“連れていって”オーラを出す鈴に笑みを零しながら臨也は決めた。 「池袋、行こうか」 * 「今日は自分で服選べるよね」 「任せるです!」 臨也が着替える間、鈴も昨日の紙袋から服を出していた。がさがさと大きな音を出して1つ1つを吟味し、鈴はまた白いワンピースを選んだ。裾にフリルがついている以外は昨日のものと違いはない。 「またそのワンピース?」 「うん!わたしはこの白い布…“わんぴーす”が好きです!」 そう言いながらもそもそとパジャマを脱ぎ捨て始めた鈴を見て、何となく夢を思い出した臨也は目を逸らす。そして自分はロングコートを羽織った。 「おお!いざやくん、もふもふついてる!かっこいい!」 鈴は臨也のコートを見ると、着替えも早々に目を輝かせてはしゃいだ。どうやらファーが気に入ったらしい。 「しゃがむです!わたしと同じとこまでにしゃがむです!」 あまりにも一生懸命鈴が跳ねて要求するため、勢いに押された臨也は仕方なくその場にしゃがむ。 「うう、ふわふわです!ふわふわするです!」 「ファーだからね」 「ファー!」 鈴は目の前のコートのファーに顔を埋めて無邪気に笑う。 臨也は自分の方にまわされた少女の細く冷たい腕を見て、さらに窓から外を見た。春とはいえ、まだ外は冷える。鈴のキャミソールのワンピースでは寒いだろう。 「鈴、こっち来て」 そこで立ち上がった臨也はクローゼットからもう1着ファーコートを出した。今度は丈が一番短いものだ。 「まだ寒いからこれ羽織ってなよ」 「…おお!いざやくんと同じもふもふです!」 ぴょんぴょんと頭のてっぺんから伸びた毛を揺らす鈴に、ファーコートを羽織らせてやる。丈はちょうど膝につくくらいで、躓くこともないだろう。 「じゃ、出掛けようか」 「おー!ってわたしは“合いの手”をいれるです!」 マンションを出れば、若干肌寒い空気が2人の肌を打った。しかし日は柔らかく、風は静かでゆるやかだ。 「…鈴、手」 「う?」 「危ないから、手繋ぐよ」 差し出された臨也の手を握りながら、鈴は満面の笑みを浮かべた。 The girl and the youth begin to act (少女と青年は活動を開始する) 2011/3/6 |