- 「わたしはこんなにも美味しいものを食べたことがないーって、只今“絶賛”中!!」 「そりゃあ、今までカップラーメンしか食べてないならそうなるかもねえ」 少女は満面の笑みを浮かべながら、頬に手を当てて感嘆の声をあげた。 少女の向かいに座る青年は、それを見ながら疲れたように力無く返事をした。 * 服を着て、ようやくきちんとした格好になった鈴は、どうやら臨也を休ませる気はないらしく食事を要求した。 執務に集中してしまった波江に頼むわけにもいかず、臨也は有り合わせのもので簡単にフレンチトーストを作ったのだが。 「わたし、お湯のラーメンしか食べたことないです!だからわくわくするです!」 再び度肝を抜かれた気分だった。九十九屋がこの少女を大切にしていたなんて嘘ではないかと思う。 とりあえずフレンチトーストは一口大に切ってやり、甘ったるいココアと一緒に出した。 「いざやくんは神様みたいです!鈴はとっても“幸せ”だと自覚をします!」 余程フレンチトーストが気に入ったのか、鈴は終始笑顔を絶やさずそれを食べていた。たどたどしいフォークの持ち方を直してやりながら、臨也は鈴をじっと見つめる。 「癖です」 「…ん?」 「いざやくん、考え事をするときの癖があります。少しだけここが動きます」 鈴は自分の右の目尻を触りながらそう言った。にこ、と笑いも添えて。 「…波江、そうなの?」 「普通は分からないわよ」 もぐもぐとフレンチトーストを食べつづける無知な少女は、実は観察眼が鋭いのかもしれない。それは純粋無垢で、無知だからこその観察眼だ。 「面白いねえ、人間は」 臨也の指が通されたさらさらの髪に、小さな呟きは滑って落ちた。 * 鈴がフレンチトーストを完食してから数時間後。(ちなみに夕食のシチューに再び絶賛していた) 少女の髪を乾かしながら臨也は珍しく激しい疲労のピークを迎えていた。 「…鈴、無知は罪だと思わない?」 シチューを零しまくる少女にきちんと食べ方を教え、風呂に入る前に服の着脱のしかたも教えた。 しかし、まだ問題はあったのだ。 「お風呂に入りましょう、いざやくん!」 入り方を知らないのか、と聞かれた鈴は、横に首を振ってただ髪が洗えないと言った。力強く説得され、臨也は鈴を風呂に入れてやった。上がった後にピンクのパジャマを着せて、髪を乾かすのも忘れずに。 「無知は罪… 昔、無知を自覚する人は、他人の無知を指摘する人より賢いといった、て、“てつがくしゃ”がいたんですよ!知ってますか!」 「うん。今君のパソコン画面にもかいてあるね」 どうやら九十九屋に指導を受けたのか何なのか、鈴はパソコンだけはスムーズにやった。分からない単語や言葉は検索にかけているらしい。(画面にはいつもふりがな付き) 「はい、終わり。乾いたよ」 「わーいっ、今度はわたしがいざやくんを乾かすです!」 「はいはい、出来ないことはしないー。もう子供は寝る時間だし」 「ううーっはなしてえー!」 臨也はじたばた暴れる鈴を軽々持ち上げ、寝室のベットに運ぶ。明日にはもう1セット寝具を買ってこなければ、と思案しながら少女を布団のなかに押し込んだ。 「うーうーっ、いざやくんもここで寝る!とわたしは“絶賛”に要求します!」 ―勘弁してくれ。 真っ青になった臨也を見ながら、少女は追い撃ちをかけるように弱々しく呟きかけた。 「いざやくん……お願い」 小動物のような少女のねだりに、こうして応じてしまう時点で自分は既に危ないのかもしれない。臨也は布団に入りながら、自虐するように笑った。 The youth has a hard time again (青年は再び苦労する) 2011/3/3 |