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「あなた…子供がいたのね」

矢霧波江は、自分の仕事場のドアを開けて小さな少女と鉢合った。そして抑揚なく一言、そう言った。

「俺の子じゃない。この子は鈴、預かりものだよ。
鈴、こっちは部下の矢霧波江ね」
「なみえ…なみえちゃん!」

鈴は“なみえちゃん”という単語を反芻するように繰り返し呟いた。

「…変わった子ね。ほら、これ適当に買ってきたわよ」
「どーも。服代は給料に入れとくよ」

自分にニコニコと微笑みかける鈴を興味なさげに一瞥して、波江は大量の紙袋を臨也に手渡した。

「さて鈴、ここから好きなの選んで着ていいよ」
「うー…」

紙袋のもとへ座りこんだ鈴は1、2枚服を取り出した後に困ったように眉を下げる。くいくい、と臨也の黒いシャツを引っ張りうー、と鳴いた。

「わかんない。いざやくんがわたしに選んでください」
「…じゃあこれでいいよ」

臨也は袋の中から出ていた白いワンピースを差し出すが、少女はまだ不満げだ。

「…どうすればいいのですか」
「は?」
「この布をどうすればいいのか、わたしには分からない」

心から不思議そうに、鈴はそう問うた。臨也の口元がわずかに引き攣る。そして思い出した。
今鈴が着ているシャツもなかなか着ようとせず、臨也が被せたのだ。

「鈴、九十九屋のとこではどんな格好してたの?」
「あの布を被ってました、とわたしは思い出してみます」

鈴が指さしたのは1枚のタオルケット。1ヶ月間、裸にタオルケットで過ごしてたなんて誰が思うだろうか。
はあ、とため息を一つ、臨也は鈴を着替えさせるために手をシャツにかけて、戸惑う。

「…波江、鈴を着替えさせてくれって言ったら」
「断るわ」
「やっぱり?」

黒いシャツを脱がせば、少女は一糸纏わぬ姿になる。

「14歳には見えないんだけどな…」
「それは“すりーさいず”が小さいからだと九十九屋のおじさんに説明されたです」
「うん、そうだね」

下着を履かせ、ワンピースをやや乱暴に被せてやれば鈴はきゃっきゃと小さな子のように喜んだ。
臨也の方は何となく妹達のことを思い出しながら、一仕事終えたようにソファーに沈む。

「いざやくん!この布はすごいのです!足の間がすーすーしないです!」

それが普通だからー、と力なくソファーに横になった臨也の上に、鈴は勢いよく乗った。う、と目の前の青年の口から漏れる呻き声など気にせずに、少女は笑う。

「いざやくん、お腹すいた!とわたしは要求、してみます!」

―ああもう嫌になる。
臨也は自分の腹の上で笑う少女の長い髪を撫でながら、また溜息をついた。


The youth has a hard time
(青年は苦労する)

2011/2/25




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