- 「いざやくん。この布はわたしには大きすぎるー、です」 「今それしかないから我慢して」 鈴という少女と衝撃的な出会いをしてから数十分後。 臨也は鈴に自分のシャツを1枚放り投げて、彼女について独自に調べながら九十九屋とチャットを行っていた。 「うーうぅー」 詳しいことは本人に聞けという九十九屋。さらに普段は簡単に分かる個人情報もなかなか見つからない。 キリがない、と臨也はソファーの近くに座り込んで犬のように鳴いている鈴の近くにしゃがみ、情報収集を開始した。 「鈴ちゃんだっけ?」 「九十九屋鈴!呼び捨てることを希望します!」 「じゃあ鈴。 君についていろいろ教えてくれない?」 臨也の言葉に赤い瞳を細めて笑った少女は、自分の入っていた段ボールを引き寄せた。中から出てきたのは、薄いノートパソコン。鈴は手慣れたようにそれを起動させていく。画面には何行か文字が打ち込まれた、文章作成プログラムの画面。 「えっと、わたしには“記憶”がないです」 「記憶…?」 記憶喪失か何かかと考えを張り巡らす臨也のほうを見ないまま、鈴は言葉を続ける。 「カレンダー1まいぶん、の“記憶”がわたしには、ないです。名前も、言葉も、“常識”というものもたくさん欠けています」 カレンダー1まいぶん、というのは1ヶ月という意味だと、臨也はパソコン画面を見て理解する。恐らくこれは少女が綴った文ではないのだろう。 「…記憶喪失になった記憶はあるの?」 「ないです。九十九屋のおじさんがわたしに言いました。もうひとつ、わたしについて分かることは歳と名前だけだと言いました」 随分突拍子のない話だと、臨也は思った。鈴はまるで他人の事や物語でも話すかのように、今まで喋り続けている。 「わたしは鈴。14歳。それしかわたしは分からない。他にわかるのは、頭に残っていた情報。それから九十九のおじさんに教えてもらったこと」 歯磨き、とか、夜は寝る、とかはちゃんと知ってるよ! 少女はまたにこりと笑った。少女を色で表すと、まさに白。純粋無垢で無知な、幼稚園児のようだった。 「…俺は九十九屋と約束した訳だし、君の面倒は見るよ。観察対象としてね。あぁ、一緒に住む以上はいくつか約束は守ってもらうし、君についての情報も調べさせてもらうけど…当然、文句はないよね?」 君は捨てられたら終わりなんだからと微笑みかけてくる臨也に、鈴は別段表情を変える様子はない。代わりに首をかしげた。 「文句…?」 「…分からないのか。…そうだね。今の俺の言葉に言い返したいことはある?」 「ないです。文句…言い返すことだとわたしは頭に入れました。それより、いざやくん。お水のみたいです」 くいくいとシャツを引っ張る鈴に、呆れと興味が混じった表情を見せた臨也は、少女に飲み物を持ってくるために腰を上げたのだった。 he girl talks about the talk (少女は<話>を語る) 2011/2/22 |