- 「いざやくん、お帰りですー!」 折原臨也は、目の前の光景に二つ、違和感を感じた。 場所は岸谷新羅宅、腰周りには鈴がきつく抱きついている。 「臨也、遅かったね」 「あぁ、何か割と面倒臭い相手でね。…ていうか鈴、どうしたのこれ」 まず一つ目の違和感。 鈴の髪。最近目にかかってきていた前髪が、目の上でぱつっと真っ直ぐに切られている。伸びてきた後ろ髪は、耳の上で二つにしばられていた。 「お勉強しててこれが痛かったので、新羅くんがぱつっとやってくれたですよ!」 「いやあ、ただ揃えただけだけどね」 鈴は自分の前髪を摘まんで嬉しそうに臨也を見上げる。 新羅が、鈴とセルティが仲良くやっていたことを話すと、臨也も意外そうに笑った。 「運び屋さんはとっても優しかったですよ!今はお仕事なのですが」 「良かったね」 そして違和感、二つ目を確認するように臨也は慣れたソファーに腰を沈めて鈴に問う。 「鈴、今日は俺とお風呂入ろうか」 「はいー!いざやくんの背中流すで…す…」 よ、と最後はか細い声。 しまったと言うように鈴はそさくさ新羅の背中に隠れて八重歯を覗かせ唸った。 「いざやくん…わたしの身体をばかにしたら嫌ですよ」 「馬鹿にした事なんてあった?」 「とにかく怒るですから! 背中いっぱい擦るですよー!」 「おー怖い怖い!」 岸谷家で過ごして楽しかったせいか、鈴の小さな反抗期は終わったらしい。単純というか、まあ良いといえば良い事なのだが。 というか鈴がそんなに身体について気にしていたなんて意外だ。 「鈴、夕飯は寿司でいい?」 「さいもんくんですね!嬉しさ倍増です!」 ぴょんぴょんと跳ねる身体の動きに合わせて、両サイドの髪も跳ねる。これは新感覚だ。 「じゃあね新羅。今日は御世話様」 「ああ、鈴ちゃん、また遊びにおいで」 「はいです!運び屋さんも新羅くんも大好きです!」 ふらふら、手を振りながら後ろ向きに歩く危なっかしい鈴をするりと片手で抱き上げた臨也は、静かにエレベーターに乗る。 「鈴、さっき新羅達が大好きって言っただろ?じゃあ俺の事は?」 鈴は目の前の青年とよく似た赤みがかった瞳を何回かしたためかせ、へらりと笑う。 「いざやくんはー…」 ******* 「ぱっつん…」 「ツインテール…」 「「ロリ美少女!!」」 持ち帰りにしてもらった寿司の包みを大切に抱えていた鈴を囲み、狩沢と遊馬崎が声を揃える。 「鈴ちゃん可愛いー!」 「あううーえりかちゃんが可愛いさんですよ」 すぐ側に停まったワゴン車では、中には渡草、ドア付近に門田と臨也が背を預けていた。 「なあ、臨也。鈴っていくつなんだ」 「一応、14だよ」 「…見えないな」 「だろうね」 鈴は遊馬崎に持ち上げられて楽しそうに笑っている。門田は側の自販機でコーヒーを二つ、カルピスを一つ買った。 「…鈴は俺によくなついてくれたよ。さっきも俺の事“超”大好きって言ってたし。 俺は人間を皆平等に愛しているから、鈴を特に愛している訳ではないんだけどね」 目を丸くした門田は数秒後仄かに笑みを浮かべて、二つの缶コーヒーのうちの一つを臨也の額に押し当てた。 「臨也、お前もっと鈴と居た方がいいぞ」 「何それ!俺にロリコンになれって?」 臨也はコーヒーを受け取り、プルタブを開けながら笑う。 「いざやくん、きょうへいくん!」 そこに鈴が嬉しそうに走ってくる。 臨也の腹部辺りに鼻をぶつけ、涙を滲ませる鈴の髪には、二つのゴムの上から赤いリボンが結ばれて揺れていた。 「まどか風に赤いリボンっす!」 「あーもう可愛い!今度鈴ちゃん用のコスプレ衣装作ってくるから!」 後ろで騒ぐハイテンションな二人に呆れながら、門田はカルピスを鈴に差し出す。 「寿司には合わねえかもだけど」 「わあ!わあ!きょうへいくん!ありがとうです」 「ああ」 カルピスと寿司の包みを抱えた鈴の腕はいっぱいになってしまった。 じゃあ帰ろうか、と臨也が言うと鈴はいっぱいいっぱいに腕を差し出して万歳をする。 「今日は甘えん坊だね。反抗期は卒業?」 「抱っこは大好きの印だとわたしは思うです!」 じゃあねドタチン達、と鈴を片腕に抱き上げた臨也がひらひらと手を振った。 「あの2人…何か彷彿させると思ったら、打ち止めと一方通行っすよ!狩沢さん!」 「リアル通行止めだねゆまっち!!」 ****** 「今日はあわあわのお風呂で遊びたい、とわたしは密かに希望します!」 「まあいいけど、暴れないでね」 お揃いのコートを着た青年と少女が、池袋の雑踏に身をとかして流れのままに歩く。 僅かに眉をひそめ、偶然その様子を目にした喧嘩人形と呼ばれる青年は、珍しく天敵に襲いかかることはなく。 ただ、訝しげに小さくなる2人の後ろ姿を見送った。 #The girl tells love (少女は愛を告げる) 2012.3.22 |