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最近急に、鈴がませてきた。折原臨也はそう思う。
記憶喪失という事情がなく、本来の年齢ならば当たり前なのであるかもしれないが、髪や服をやたら気にしたり、風呂や、くっつくのを嫌がったりするのだ。

特に風呂。
つい何日か前、こんなやり取りをしてから極端に拒むようになった。

「いざやくん、そろそろお風呂は別がいいです」
「何で?」
「わたしも“女の子”ですから、身体を見られるのが嫌な感じーなのですよ」
「いいじゃない。どうせ凹凸もないんだし」

最初こそ、訳が分からないという顔をしていた鈴であったが、次の日に突然「いざやくんは女の子の敵ですね」と冷たく口にした。(ちなみに臨也が鈴のパソコンを調べると“からだ 凹凸”という検索履歴が見つかった)




「いざやくん、池袋に行ってもいいですか」

朝、シリアルに牛乳を注いでサクサクと頬張っていた鈴が突然そう言った。窓から差し込む朝日を煩わしく思いつつ、コーヒー片手にパソコンで作業していた臨也はぼんやり思案する。

「夕方でいいなら。新羅の家に預けるけど、いい?」
「わたしは喜びながら了承するです!」

鈴は食事を終えると手早く皿を洗い、洗濯を干しにリビングを出て行った。
身体に経験が染み込んでいるのか、最近一度教えた家事は器用にやるようになった。臨也としては大助かりである。

「なみえちゃん、おはようですー」
「おはよう」

出勤する波江に挨拶するのも、もう慣れたものだ。

家事をやる時間以外、鈴は臨也の与えた小学生用のドリルをやったりしていたが、やはり頭に経験の記憶があるのか、今では中学生用ドリルに成長した。本も読むようになった。

「本当、この調子でいったら鈴も普通に社会復帰出来そうだね」
「“社会復帰”…わたしは“ニート”じゃないですよ、いざやくん」

パソコンで社会復帰を調べ、引っ掛かったニートについての記事を指差しながら不思議そうに問う鈴の髪を、さらりと撫でた臨也はくすりと笑う。

「やっぱ、まだ無理だね」


+++++

夕方の池袋は、学校帰りの若者も増えたせいで一層たくさんの人々が行き交っている。
折原臨也は鈴と手を繋いだまま、花壇の数センチのブロックの上で携帯を弄っていたが、少しすると目の前に一台のバイクが止まった。

「あ、運び屋。ご苦労様」
『新羅から聞いた。預かるのはこの子でいいのか?』
「そうそう。大切な預かり物だから、丁重に扱ってね」

運び屋、セルティはPDAを片手に持ったまま臨也と手を繋ぐ少女に目を向ける。ねこさん、と何色にも染まらないような真っ白な表情でセルティを見上げる鈴を抱えあげ、臨也はバイクの後ろに乗せた。

「じゃあ、連絡入れるまでよろしく」
『待て。この子の名前は?』
「ああ、鈴だよ。
鈴、こっちは運び屋。俺が帰るまでいい子にできるよね」
「任せることを希望しますですよ!運び屋さん、よろしくお願いしますです」

納得したのか、セルティは影で作ったネコミミヘルメットを鈴に被せ、臨也の微笑を横目にバイクを走らせた。


++++

「セルティ!お帰り!
やあ、鈴ちゃん」
「こんばんはです、しんらくん!
…運び屋さんはここに住んでいるですか?」
『ああ』
「あ、セルティ。難しい言葉には振り仮名つけてあげてね」

ソファーに案内され、元気よく返事をする鈴の上着を片手に新羅が言う。セルティはそれが分かったのか分からないのか、返答の意を示さないまま新羅の白衣を引っ張った。

「ああ、あの子は臨也が仕事相手から預かってる子だよ。可愛いよね。記憶喪失で少し変わってるけど、いい子だし。是非僕とセルティの養子にアイタタタタタ」
『変な事言うな』

「それは煙ってゆうものですか、ってわたしは声を大にして聞きます!」

突然。
子供らしい鈴を鳴らしたような高い声が二人にふりかかる。
鈴はセルティの首を見ながら、にこにこと笑っていた。

「首?」

びくっと肩を震わせたセルティは恐る恐る自分の、首があるべき場所に手を当てる。あると思っていたヘルメットはなく、そこには何も無い。いつもの癖で外してしまったのだ。

「しんらくんは、知っていますですか?」
「煙っていうより、影かな!」
「影なのですかー!初耳、です」

オロオロと右往左往していたセルティは、特に驚かずに再びソファーに腰掛けた鈴に拍子抜けしたようであった。
新羅は眉を寄せて笑みを浮かべながら、コーヒーカップにココアを注いでいる。

『首が無いんだぞ?驚かないのか?』
「…?
“首”は無くては駄目なもの、なんですか?」

そう、本当に不思議そうに問われてしまえばセルティも困ったものだ。
新羅にココアを出してもらい、それを流しながら笑う鈴からは、悪意も嫌味も感じない。

「運び屋さん、しんらくん!わたしはお二人とお茶、がしたいです!」


++++++

物怖じせずに、且つ穏やかに話をする鈴と、セルティはすぐに打ち解けた。
“女の子同士”で、話が出来るというのはお互いにとっても楽しい事で、話は弾み、やがて鈴は最近の悩みを新羅とセルティに打ち明ける。

「鈴ちゃんは、第二次性徴が来ているはずだから胸はもう少し発育するはずだよ。ただし全体的に細身だから、多少は普通の女の子…例えばセルティなんかより貧しくなるかもしれないけど」

つらつらつらつら。
一度も突っ掛からずに思春期の成長を語る新羅の耳を、セルティが容赦無く引っ張った。
その横で、鈴は自分の平たい胸元に触れる。

「うがぁああっ!
わたしは、いざやくんに言われた“デリカシー”のないお言葉にやり返してやりたいのですー!」
『大丈夫だ!身体だけが全てじゃないと臨也の奴に言ってやれ』

ぽん、と無意識のうちに鈴の髪に触れたセルティに、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「運び屋さん、いい人です!」
「だろう?セルティは可愛くて優しくて…」『だまれ』

穏やかな夕暮れの時は過ぎて行く。
池袋、街は小さな少女のコンプレックスも、噂のせいかくしゃみを1つ、悪どい微笑をたたえて歩く青年も、白衣の男の惚気も。果ては首無しライダーの呆れた心情をも飲み込み、日を沈めて行った。


#The girl is little rebellious age
(少女は少しの反抗期)


2012/2/4




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