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鈴は髪を触られるのが好きだった。それは勿論、誰でもという訳でない。懐いた相手、特に折原臨也に撫でられるのが好きなのだ。

「鈴、これからいくつか質問するけどいい?」

臨也の長く細い指が、鈴の柔らかい猫っ毛を少しだけ絡めて撫でる。

「答えられないものも、ありますですよ?」

柔らかく眉を寄せ、赤い瞳を細めて笑う鈴はいつもより大人びて見えた。


「じゃあまず率直に聞くけど、君に母親はいた?」

小さな少女(自称は14歳だが)に対して、“母親が居た?”というのは些か不可解であるが、鈴は気にした様子はない。

「居ないですよ。忘れた、という訳でも無いと思うです。
わたしは、カレンダー1枚分前にいろんな“記憶”を無くしました。ご飯も、お風呂も、忘れました。けど、それは一度教えて貰うことですぐに理解できるです。昔の記憶が、染み込んでるです。
“母親”は、それがないです。身に覚えが無いです」

大体予想はしていたが、居ないと断言するとは思わなかった。分からない、じゃなくて、居ない。
長い睫毛に縁取られた丸い目は、床を見つめこちらを向くことはなかった。

「…そう、じゃあ次。」
「…いざやくん、急に意地悪さんになったです。わたしは質問、嫌いです」

突然自分の触れられたくない部分に触れられたのが不快なのか、鈴は頬を膨らませて臨也を睨みつけた。

「だって、鈴は俺の私生活をこんなに知ってるのに、俺だけが鈴の私生活を知らないのはフェアじゃないだろう?」
「…あんふぇあ、です」
「でも鈴が可哀相だし、優しい俺は最後の質問にしてあげる」

途端に、機嫌がよくなった鈴は臨也の足の間に入ってぽすりと腰掛けた。どんとこい!と上目遣いに臨也に語りかける。

「死ぬのが怖い?」

ぷらぷらと揺れていた鈴の足の動きがぴたりと止まった。ふわふわとしたその動きが止まったせいで、場の雰囲気までもが止まったような気がした。

「…さっき、昔の記憶が染み込んでるとわたしは言いましたです。
それと一緒で“死ぬ”のは多分怖いです」

(虐待か…?)
どこか苦しそうに眉を寄せた鈴を見ながら、臨也は考察を巡らせる。
(けど身体に傷跡はなかった)

「あと、教えてほしいです。
死んだら、いざやくんと会えませんです。ですよね?」
「そうだね。死んだら会えない」
「じゃあ嫌!」

初めて聴いた声だと、臨也は思った。
張り上げられた声は、広いマンション内に溶けてやんわりと消える。

「いざやくんと会えなくなるのも嫌なので、わたしは死にたくないです。死ぬのは怖いです」

寿司の酢飯が何粒かついた手であったが、鈴は気にすることなく臨也の服を掴んで顔を埋めた。

「いざやくんは、嫌じゃないですか…?」

…してやられた。
幼子の涙目は、充分人の胸を締め付ける効果がある気がする。

「俺も寂しいよ」

そう言って臨也は、やはり柔らかい髪の毛に指を絡める。

「結構やり手の情報屋なのに、こんな小さな子一人の情報を掴めないってのは屈辱なんだけどなあ」

そう言いつつも、うれしそうに笑う鈴の表情を見て、もうしばらく質問責めは控えようと決意した。

「君は本当に興味深い人間だよ、鈴」

#A youth searches for information
(青年は情報を集める)


2011/10/23




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