2012/11/25 12:36

彼女は驚く程無表情だ。
それは黒子っちみたいな誰に対してもという訳ではなく、俺の前では笑わないというだけだ。
今もこうして、笠松先輩と森山先輩と楽しそうに話している彼女は満面の笑みだ。
好奇心で、笑わせたいと思った。あの綺麗で大きなつり目のあの子が、くしゃりと笑うのを。


「森山さん!今日部活終わったら喫茶店行かないっスか?オニオングラタンスープが美味しい店があるんス!」

今までモデルとして学んできた精一杯の愛想で、俺はとうとう彼女に挑んだ。午前練のその日、用事がない事を願いながら。

「…チームメイトと寄り道して遊びたいなら、他を当たってください」

薄々予想していた、辛辣な断り文句。けど、昔から黒子っちと話してきた俺はそう簡単に折れるつもりはない。

「違くて、俺は森山さんと…」
「私、オニオンもグラタンも嫌いだから」

バスケットボールを磨きながら、抑揚のない声で彼女に一刀両断される。しかも俺の好きなオニオングラタンスープも嫌いなんて、つくづく玉砕だ。

「そうっスか…。じゃあ俺は一人で東京にでも行くっス」

泣く泣く撤退をするために踵を返す。悲しいし黒子っちのところに行こう。この際、緊急で入れられるモデルの仕事でもいい。

「黄瀬」

すっかりしょぼくれた俺の、湿ったシャツを小さな手が掴んだ。

「断っておいてなんだけど、私、東京は好きだ」

きりっとした瞳が上目遣いめに俺を見ている。意図が掴みきれずに首をかしげてみると、彼女は照れたように目をそらして消え入りそうなか細い声を絞り出した。

「私、東京に行ったことがないんだ。オニオングラタンスープは嫌いだけと、あなたが良いなら東京には行きたい」

何よりもまず、東京に行ったことがないという事実にまず驚愕する。思わず聞き返すと、東京は怖い、だそうだ。

「そうだ、黄瀬」
「何スか?」

後からじわじわと、ようやく森山さんに認められた気がして喜びを噛み締めていた俺に、彼女は満面とは言いがたくも確かにふわりとした笑みを見せた。

「森山だと兄とごっちゃになる。名前でいい」

その笑顔はしばらく、頭に焼き付いて離れなかった。
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