※数年後

車で自宅に帰り、自室のドアを開ける。時間はもう深夜ともいえる位で、理事の仕事はやはり楽でないと溜め息をついた。テレビのスイッチをつける。スポーツニュースでは、彼を大々的に取り上げていた。
「相変わらずみたいね」
小さい独り言は、直ぐに夜の静けさに消えた。彼とは高校まで同じで、大学の時もよく会っていた。彼が海外のサッカーチームに入ってから、ほとんど連絡はしていない。お互い忙しいので、時間が合う時がない。それにもともと彼と自分は恋人でもなんでもなく、ただの友達だ。
「…もう、いいのに」
窓を開けると、虫の声が部屋に流れてきた。テレビを消して耳を澄ませる。中学時代のこの時期は、合宿場で彼と何かを語り合っていた。何かに一生懸命で何かに夢中で、それは今と何ら変わりはない筈だ。仕事は忙しいくて大変だけれども充実していてやり甲斐がある。それなのに、彼がいないだけでこんなにも寂しいものなのだと思った。携帯を片手に取り、溜め息をつく。
「これで最後に、しましょう」
それは自分への宣言だった。自分には今父から勧められている縁談がある。相手は優しくて真面目な素敵な人で、文句などない。恋人でもない彼を待つよりはそちらの方がよっぽどいいし幸せになれると思う。携帯の電話帳を開き、彼の名前を探す。これで彼が出なければ、私はもう彼に電話をしない。今までに何回か電話をしたことがあるが全て通話中だった。だから、これはもう諦めの様なものだ。プルルル、とコール音が鳴る。三回鳴った後、ぶつりという音が聞こえた。
「夏未?どうした?」
昔より少し低くなった、彼の優しい明るい声が聞こえた。
「なんで、」
声がうまく出てこなくなる。タイミングが悪いくせに、馬鹿なくせに、鈍感なくせに、元気だけが取り柄のくせに、なんでこう、彼は、
「何でって…夏未が電話したんだろ」
あはは、と彼が快活に笑った。こんなにも私の耳に馴染む声はきっと彼以外にいない。ずっと私は自分自身をごまかしていたみたいだ。やはり彼は私にとって唯一無比の存在で、最後になんか出来やしない。
「円堂君、あのね」
声が勝手に溢れ出し、ぽろぽろと口から漏れていく。円堂君は「どうした」と子供をあやす様な柔らかい声色で言った。
「私、貴方が好きなの」
数年黙っていた言葉は、案外すんなりと舌を転がっていった。外からは相変わらず虫の音が聞こえてきたが、それも数秒後彼の驚いた様な叫びで掻き消された。




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