※数年後

「髪を切ってくれないか」
俺が短期留学に行く前日、佐久間はそう言った。夜の11時に、手にハサミを持って、ただひたすら静かにそう言った。もし佐久間でなければ悲鳴を上げてしまうような、そんな恐ろしさを纏っていた。
「どうしたんだよ、急に。」
「髪を切ってくれ」
少し震える声で言うと、佐久間は俺の目を見てそう答えた。サッカー場で見るあの目と何ら変わりはない目だった。
「切るって、俺が?」
「お前以外誰がいるんだよ。」
佐久間はそう言うと俺にハサミを渡してきた。金色の飾りがついた少し高級そうなハサミだ。佐久間は俺の部屋にずんずんと遠慮せず上がりこむと、部屋の真ん中に座った。
「頼む」
先程の命令のようではなくて懇願だった。よく分からないままにハサミを握りなおす。佐久間の数年前から伸ばし続けた髪はさらさらと綺麗で、切るのが勿体ない。そう佐久間に伝えたが、「いいんだ。」と言うだけだった。
じゃきん、
ハサミに力をこめる。佐久間のつるつるした髪の毛は案外あっさりと切ることが出来た。何だか拍子抜けする。
「凄く、短くしてくれ」
佐久間はそう言うと、目を閉じた。思えば佐久間のつむじを眺めるなど普段は出来ないことで、少し嬉しくなる。ハサミを滑らせる。佐久間の髪はあっさりと地面に落ちていった。

「ありがとう」
髪を切り終わると、佐久間はそう笑って、自分の髪を柔らかく撫でた。
「俺、髪切ったことなんかないからぐちゃぐちゃなんだけど。」
そう言ったが、佐久間は首を振って、白い歯を見せて笑った。
「今日のこと印象に残ったか?」
そりゃあそうだと瞬時に頷く。夜中にいきなり押しかけて「髪を切ってくれ」だもの。それに、
「そんな綺麗な髪を切ったんだぜ」
そう言うと佐久間は満足げな顔をして、俺の手を握った。温かい手だった。
「お前が、そう俺のことを一瞬でも考えてくれればいい。」
佐久間が手を離す。まだ温かさが手に残っていた。
「一秒で、一瞬でいい。今日のこと、思い出してくれ。」
佐久間はそう言うと、頑張れよ、と言って部屋を出ていった。短い髪が揺れていた。

一瞬どころじゃねーよ、ばーか。

そう呟いて、玄関を飛び出した。


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記憶に残りたい佐久間と既に残してる円堂


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