※生徒明王と教師円堂

円堂が、この学校辞めるらしい。フェンスにもたれてそう呟く佐久間は、明らかに俺を睨んでいる。
「…そうかよ」
そう返すと、佐久間の拳がぐっと握られた。女みたいな顔は殺意を隠しきれない程歪んでいる。お前も結構あいつに入れ込んだ口だったんだな、知らなかった。
「お前、分かってるのか。」
円堂は、他校の生徒を殴った。俺にちょっかいをかけ、家庭について口出しした生徒だった。
「あいつが勝手にしたことだ。」
言い終わらない内に踵を返す。佐久間は追って来なかったが、俺を睨む視線だけは背中に伝わっていた。屋上のドアを閉める間際に佐久間が何か言った様な気がしたが、無視した。


「…不動」
教室に帰ると、教卓に円堂がいた。いつもより弱々しい笑みを浮かべている。
「ざまあねえな」
「全くだ」
はは、といつもと変わりない笑い声が教室に響く。円堂の髪は夕日にきらきら光っている。お前、馬鹿じゃねえの。
「…色々あって、辞めることになった」
「逮捕よりゃいいだろ」
自分の席の机に腰をかける。円堂は、行儀悪いぞ、と小さな声で言った。
「何であんな馬鹿なことしたんだよ」
そう言って顔を伏せる。円堂の顔を見たくない。
「…」
円堂は何も言わない。俺も顔を上げない。静寂に包まれていたが、何故か嫌ではなかった。一生このままでいいとも思った位だ。
「…そろそろ、行くな」
円堂はそう言って立ち上がった。引き止めようとした腕も、途中で動かなくなる。円堂は泣いていた。
「相手にも、相手の家族にも、学校にも…お前にまで、迷惑かけた」
泣くなよ、と呟く。円堂はワイシャツの袖で慌てた様に涙を拭うと、白い歯を見せて小さく笑った。
「お前、次どこに行くんだ」
「え?」
「次の学校。」
円堂はきょとんとした顔をしたあと、窓の外を見た。夕日が沈みかけている。
「ここよりずっと遠いところ」
「じゃあ」
探しにいってやる。そう円堂の目を見て言うと、円堂は嬉しそうに口元を緩めた。それから「待ってる」と笑って、教室を出ていった。後ろ姿が見えなくなった後、目の前が少しだけ霞んだ。涙だと気がついたのは暫くしてからだ。
「円堂」
本当は、嬉しかったんだ。





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