吉良ヒロトは日本でも有数の、大変な財閥の息子であった。本人は整った顔立ち、優しい性格に明晰な頭脳と欠点なしの少年だったが如何せん金持ちとは狙われるもので、既に何度か誘拐未遂に見舞われていた。それに困り果てた吉良ヒロトの父は、優秀なボディーガードを雇った。しかしそれでも安心できない父親は吉良ヒロトそっくりの影武者、身代わりを用意したのだ。当初心優しい吉良ヒロトは反対した。だが、息子に関しては少し気狂いの様になっていた父は頑として譲らなかった。その影武者が、基山ヒロトである。基山ヒロトは元々孤児で、院にいたところを吉良ヒロトのボディーガードの内の一人が偶然見つけ、養子という形で吉良家に引き取られた。基山ヒロトもまた吉良ヒロトの様に優しく頭脳明晰でちょっとした仕種や声の具合などを除けば完璧に吉良ヒロトの様に見えた。驚いたことに、基山ヒロトは影武者のことに不満を抱いていなかった。そればかりか拾ってもらった恩さえ感じていた。最初は少し扱いが邪険だった吉良の父も、基山ヒロトの様子を見る内に息子と同じ
ように接する風になった。また吉良ヒロトと基山ヒロトも次第に打ち解け、あたかも双子のように仲良くなった。基山ヒロトは吉良家の家族になったのだ。
しかし影武者は影武者。表舞台に出なければならない時は吉良ヒロトと基山ヒロトは入れ代わり、基山ヒロトは吉良ヒロトを演じ続けた。そして基山ヒロトの存在はごく一部のものにしか知られておらず、付き合いの浅い者達は基山ヒロトを吉良ヒロトと思いこんでいたのだ。しかし、それでも基山ヒロトは幸せだった。

「ヒロト」
声をかけられ、基山ヒロトはハッと目を開けた。目の前にはにこにこしながらベッドに腰掛ける吉良ヒロトがいる。彼は寝間着でなくジーンズにセーターというラフな格好をしていた。
「どうしたの、ヒロト」
基山ヒロトが体を起こすと、吉良ヒロトは申し訳なさそうに俯いた。
「三年だけ」
吉良ヒロトが弱々しい声を漏らす。そんな彼の様子を初めて見る基山ヒロトは、目をぱちぱちとした。
「お願い、三年いるんだ、三年だけ、時間をくれ。我が儘でごめん、でも、お願いだ。」
吉良ヒロトはそれだけ言うと立ち上がって近くに置いてあったスーツケースを引っつかみ、窓を開けて外に飛び出した。一瞬の出来事に基山ヒロトは何も言えずただ口をあんぐりと開けるだけだった。その日から、吉良ヒロトは姿を消した。吉良ヒロトと仲の良かった基山ヒロトは、彼が自分に何について悩んでいたかを言わずに出ていったことを嘆いた。もっと自分がしっかりしていれば、そう言って基山ヒロトはふさぎ込んでしまった。

吉良ヒロトが行方不明になってから三ヶ月と五日のことだ。吉良家に来客があった。吉良家との仲がそこそこ良好な、円堂家の当主とその孫がやってきたのだ。特に吉良ヒロトとその孫は仲が良かったらしく、彼が来る際吉良ヒロトと基山ヒロトが入れ代わることはなかった。吉良ヒロトは家で習い事が多くあるため学校に行けず、友人も少なかった。だから大切なのだろう、基山ヒロトはずっとそう考えていた。そして基山ヒロトは彼と出会うのが初めてであった。

「久しぶりヒロト君」
そう言って笑う円堂家の当主と彼の後ろに隠れている少年は非常によく似ていた。少年は茶色の目をぱちぱちさせながら基山ヒロトを見ていて、時々不思議そうに眉を寄せた。勿論吉良ヒロトが行方不明になったことは誰にも言っておらず、彼らも特に疑問を持っていないように見えた。円堂の孫は、丁寧な言葉を使って、吉良の父に挨拶をしていた。
「ヒロト、守君と遊んでおいで」
しばらく4人で茶を飲んだ後、吉良の父がそう基山ヒロトに告げた。基山ヒロトは吉良ヒロトそっくりの笑顔を作ると、円堂の孫の手を引いて部屋を出ていった。

「守、何しよっか?」
吉良ヒロトから何度か聞いていた円堂守の情報を必死に思い出しながら、基山ヒロトは笑った。だが円堂守は基山ヒロトの手を優しく握ると、首を傾げた。
「なあ、君、誰?」
基山ヒロトは目をぱちりと動かすと、少し震えた声で「ヒロトだよ」と呟いた。
「違う、ヒロトじゃない。」
円堂守はそう言うと基山ヒロトの目を覗き込んだ。基山ヒロトの目にはうっすら涙が浮かんでおり、円堂守がハンカチを差し出すと、基山ヒロトは焦ったように目元を拭った。
「ヒロトは、俺に会ったらまず、久しぶりだね守、って言って抱きしめてくれる。それから、ヒロトは香水の匂いがするけど」
円堂守はそこで言葉を区切ると、基山ヒロトをぎゅうっと抱きしめた。
「お前からは、なんか暖かい匂いがする」
基山ヒロトはそれを聞くやいなやわんわんと泣き出した。円堂守は、ただ基山ヒロトの背中を撫でるだけで何も言わなかった。




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