※病み気味な二人
※少し痛い


ある日、円堂君の耳にぽつりと穴を見つけた。ピアスをつける位置に丁度あるその穴を、少しの違和感を持って眺めていた。「お洒落になんか興味なさそうなのになあ」と一人首を傾げてぼんやり考えたりして、しかし別段尋ねようとも思わない。皆も何となく尋ねなかったように感じる。余りに小さいので、気付いてなかった人もいるだろうし、怪我だと思った人もいたのだろう。その黒い小さな穴は、日に日に彼の一部として馴染んでいった。
「そういや円堂、耳どうしたんだよ。」
ある日雑談をしている際に、ふと風丸君が言った。円堂君は一瞬肩をぴくりと揺らして困ったような顔をしたけれど、すぐににっこり笑って頬をかいた。
「いやあ、合宿始まる前に家庭科でうっかり針さしちゃって。」
そう明るく言う円堂君に皆「痛そう」だとか「ドジだな」と苦笑いした。木野さんが「晩御飯だよ」と声をかけてきたので、その話はそこで終わった。けれども、違和感はじわじわ広がった。

「あれ」
世界大会が終わってしばらくのことだ。朝起きて洗面所の扉を開けると、晴矢が顔を洗っていた。いつも遅起きな彼には珍しいことだと声を出す。晴矢は蛇口を捻ると、タオルで顔を拭いながらこちらに視線を移した。普段髪で隠れている耳を見て、唇をきゅっと噛んだ。
「晴矢、耳…。」
晴矢の耳には円堂君と全く同じ場所に穴がぽっかり開いていた。晴矢は少し目を開いて、それから小さく笑った。
「ああ、ちょっと怪我しちまってよ。気にすんな。」
そう言うと彼は首にタオルをかけてさっと洗面所から出ていった。濡れた洗面台をじっと眺めながらその場に立ち尽くす。そんな偶然が、あるものだろうか。一瞬頭に黒いもやが広がった。しかし頭を振ってそれを消す。と、その時、視界の横にすっと何かが入ってくるのが分かった。思わず足を一歩後ろにやる。そこには無表情の風介がいた。
「なんだ、風介か。」
胸に手をやってほっと息を吐く。風介は洗面台をちらりと見ると、首を少し下げて俯いた。
「一人言だと思ってくれ。」
変声期を迎える前の声が重く床をはいずり回る。彼は辺りを見回し、誰もいないことを確認した。
「…この前、見てしまったんだ」
ノズルについていた水滴が白いプラスチックの台にぽとんと落ちる。随分掃除していないため黒ずんだ鏡の中には、情けない顔をした自分が映っていた。
「晴矢と円堂が互いの耳の穴を、安全ピンか何かで広げていたのを。」
風介は詳しいことを言おうとしていない。ただ黙っていたら何だか嫌なのだろうということだけは分かる。その証拠に、彼は今にも泣きそうな目をしていた。
「二人は、互いの存在を耳に埋め込もうとしてる。少しずつ少しずつ広げて、日常の一部にしてしまおうとしてる。」
風介が眉を潜めた。渇いた喉を唾が通っていく。ああ、それが本当だとしたら、彼等は、いつのまにこんな、
「あの二人は、…いつか心中でもしてしまうんじゃないだろうか。」
その言葉は俺の心臓の上にずしんと乗っかった。いつもと変わらない笑顔で笑う友人達は、いつの間に相手との一体化を望むくらいに愛し合ったのだろうか。分からない、それがなぜだか悔しい。
「そうかもしれないね。」
この上擦った声に比べて、彼らのついた自然な嘘の、何て堂々としていたことだろうか。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -