※元恋人今腐れ縁な二人
※数年後で色々捏造
※何があっても許せる方向け



築十年、新しいとも古いとも言い難いアパートの3階。コンクリートの階段を上った先には、ネームプレートも何もない上にインターフォンが半壊している、おまけに少しへこんだボロいドアが、俺の訪問を今か今かと待ち望んでいる(ように見える)。
「ふっどー、入るぞ!」
返事を聞く前にポケットから出した鍵を穴に滑りこませる。カチャンという小気味いい音と同時に、中からごそごそと物音がした。開いたドアの目の前に、ぶすくれた顔が見える。
「オス、不動!」
「るっせーなあ…ああもう…」
ボサボサ髪を掻きながらスウェット姿の不動が溜め息を吐く。しかし俺の右手のビニール袋を見ると、小声で「入れ」と言った。ゲンキンな奴。
「寝てた?」
「一時間前に布団入ったばっかだっつの。」
それなりに片付いたリビングとキッチンに対して、彼の寝室は正に万年床だ。「全部きたねえと女が来ないだろうが」と不動は言うが、女の子を連れ込んだところなど見たことがない。
「んで、監督さんはどうな訳よ。」
「みんないい子だぜ。よく結果も残してくれるし。それより不動は?」
「あ?もう人使い荒い奴らばっかで嫌になるぜ。」
彼はスポーツトレーナーになった。十年前の彼からだと考えられないくらいしっかりした職業だ。以前そう言ったら彼に右ストレートを喰らったからもう言わないが。まあ、彼にピッタリな職業だとは思うけれど。
「…俺さあ」
スペースの余りない机に缶ビールを並べていく。俺や不動は何か知らせたいことや報告があれば、こうやって酒を持ってそれぞれの家に訪ねる。といっても殆ど俺が不動の家に押しかけるばかりだが。
「結婚するんだ。」
スルメの袋をぱりぱり開けていた不動が一瞬動きを止めて、それからこちらをちらりと見た。
「元恋人の反応でも気になったのか?」
「ただのお知らせだよ。」
互いに笑いながら言うと、しばらく沈黙が部屋を包んだ。不動の白い歯がくちゃくちゃとスルメをすり潰す。昔はあの口で俺とキスしていたのだと思うと何だか笑えて、それから一瞬だけ「またキスしたいな」と思ってしまった。
「…俺達が別れた理由だって、覚えてないけど大したことじゃなかった。けど、俺達はこうやってずるずる仲良くやってんだ。」
不動が缶に口をつけた。金色の液体が彼の口の端からつるりと零れていく。俺達が別れた理由は、同性愛に悩んだからだ。互いに色々考えて、それをぶつけ合って、泣いて、こうなってしまった。不動がそれを忘れるわけがない。忘れたふりをしているだけだ。
「お前が何心配してんのかわかんねーけど、俺達はもう恋人じゃないだろ。」
すっと笑った不動を見て、何だか胸でもやもやしていた物がきれいさっぱり霧散した気がした。結婚をするということに何となく引け目を感じていたのだ。もし彼がまだ自分を好きだと思ってくれていたのなら、自分はどうするのだろうと悩んでいた、そんな自分を今なら大笑いできる。
「そうだな。」
俺は結婚してもここに来る。そしてまた温いビールを啜って、彼に愚痴を言って、スルメを噛む。きっとずっと、そうするのだ。


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