※数年後
※捏造注意


「じいちゃんに会いに行ってくるよ」
雨の夜、ワンカップを片手に、いつもと変わらない調子で彼が言った。先程までぼやけていた視界がいきなり鮮明になり、彼の顔がやけにはっきり見える。
「おじいさんの所に?」
「うん。」
すごい勢いで回転する頭とは別に、口は緩やかな調子で言葉を吐いた。見慣れた円堂の部屋に転がる見慣れないビールの缶を見て、いきなり彼が飲もうと言ってきた理由が何となくわかった。
「サッカーしに?」
「はは、そんなところ。」
「いつ頃帰る?」
「わかんない。長期間いたいとは思ってるけど。」
円堂の目は落ち着いていて、俺が何か言ったところで決意を変えることは出来ない気がした。一回り大きくなった体が今日は更に大きく見える。こいつって、こんなに大きかったっけ。
「円堂お前、じいさんの後でも継ぐつもり?」
そう言うと、円堂は口だけで笑った。否定しないということはきっとそういうことだ。じいさんに憧れてサッカーをした彼は、今度はじいさんに憧れてサッカーを教えるつもりらしい。
「…風丸さ、これ覚えてる?」
ふと円堂が棚から何かを出した。枯れてしまった花が綺麗に紙に貼付けられて、しおりになっている。黄ばんだ紙から結構古いものだと分かった。
「しおり?」
「うん、お前がくれたやつ。」
円堂が赤い頬と対称的な白い歯を見せた。薄ぼんやりと記憶が戻ってくる。確か、七夕のことだ。
「サッカー選手になりたいって書いた紙に、お前が花貼ってくれたじゃん。成功に花は付き物だって、あの頃から難しい言葉使ってたよな。七夕のとき勿体なくて持って帰ったんだ。」
円堂はそう言ってくすくす笑った。心臓がかきまされるように痛くなる。
「…昔も、今回のことも、これ見るたびに勇気らもらったよ。応援してくれる奴がいるんだって。」
「…そっか」
円堂の潤む目を見て、俺は何も言えなくなった。信じてくれる彼を否定出来なくなって、「行かないで」の言葉が一気に遠ざかる。彼の中の優しい俺を壊せないし、壊したくない。
「これ持っていっていいか?」
「うん、がんばってな。」
応援の言葉が口から転がる。円堂はきっと、いや多分、あっちに住むんだと思う。飛行機で何時間もかかるような離れた場所に。
「ありがとう、風丸ならそう言ってくれると思った。」
円堂がそう言ってまた缶の中のアルコールを消費する。一度離れがたくなるようなことを言うくせに、それでも彼は離れていく。目から涙が落ちる。酒のせいだということにして、新しい缶を開けた。



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