月で一番の降水量、そうキャスターが言ったと同時にヒロトが溜め息をついた。外では雨がざあざあ降ってとてもサッカー出来そうにない。
「残念だね」
子供と遊びたかったのだろう、ヒロトはそう言ってテレビのチャンネルを変えた。部屋の中に無機質な笑い声が広がり、すぐに消えていく。
「…円堂君はさ、何で仕事を休んでるの?」
怖ず怖ずとした様子でヒロトが聞いてくる。この四日過ごしていく内に、彼は段々と色んな表情を見せるようになった。笑った顔困った顔、泣きそうな顔。それを見る度に胸が痛くなる。
「…元々普通の会社に勤めてたんだ。」
小さく呟くと、ヒロトがテレビの電源を消した。一気に静かになった部屋は外で響く雨の音しか聞こえない。ヒロトは真剣な顔をして押し黙ったままだ。
「高校時代はサッカー選手目指してて…でも事故って怪我しちゃってさ。」
外は昼間だというのに暗い。部屋の照明が人工的な光を撒き散らして、俺とヒロトにじんじん降り懸かった。
「…結構ひどい怪我だったんだ。何針か縫った。それで、医者に、サッカーはもう出来ないかもしれないって、そう言われた。」
俺とヒロトの重なった影を見て、自嘲の意味をこめて笑う。俺らは今こんなにも近い場所にいるのに、一体どこで違えたんだろうな。
「家族とかサッカー部の奴らは励ましてくれたし優しかったよ。でも、他は違った。…色々言われたよ。部の予算も減らされて、それで練習もまともにできなくて、皆笑っててくれたけど、本当は不満だったんだと思う。」
一度口から溢れた言葉は止まらない。倒れたコップの水がさらさら零れていくように、声がぺらぺら出ていった。
「周りの目に怯えて逃げて、でも、リハビリは頑張った。もっかいサッカーがしたくて、」
目からぽろりと涙が出た。馬鹿みたいだ、ヒロトに、殺人犯に、一人でこんなことを言って泣くなんて。ヒロトは黙ってこちらを見据えたままだ。
「でも、中々治らなくて結局、就職したんだ。テレビで友達を見て、楽しそうにサッカーしてて、それで、」
ずずりと鼻をすする音が響く。目を服の袖で拭うと、服に冷たさを感じた。
「最近足が治ってきて、会社を辞めてサッカーをまたやろうかなって、でも今更こんなこと、…休暇中にずっと悩んでたんだ。」
そこまで言って、ヒロトの顔を見る。彼は眉を潜めて目の下を赤くしていた。
「…そっか。」
ヒロトがそう言って、俺の背中に手を回した。俺を抱き抱えるような姿勢になって、彼の手が背中を優しく叩く。昔母にしてもらったそれのような温もりだ。
「何も、考えなくていいんだよ。」
その言葉に、また涙が出た。我慢しきれない嗚咽が口から漏れていく。死んでしまうからもう関係がない、彼の言葉はそんな響きを含んでいなかった。ただ今は自分に身をまかせて欲しい、そんな優しい言葉だった。


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