※数年後

「会えるのは最後かもしれない。」
ヒロトは優しい口調で、それでもキッパリと言い切った。心臓が一瞬止まったのが分かる。体中に痛みがびしびし伝わって、口に溜まった唾さえ飲めない。いつかはこんな日が来ると分かっていたけれど。それでも、彼から直接言われるのは想像していたものよりも悲しかった。
「何で」
そう吐き出すと、ヒロトは本当に悲しそうな顔をした。真っ白な顔の肌が普段より薄く見えて、美しい死体のように感じられる。
「恋が終わったからさ」
ヒロトはそう言うと、ベッドに寝そべる俺の横に座った。ヒロトの薄い唇は無理矢理孤を描いている。国語の得意なヒロトの言うことは、勉強嫌いな俺には少し難しい。
「円堂君が寝たら、いなくなるよ。」
ヒロトの長い指が俺の髪をさらりと撫でる。つまり、俺が目を閉じた瞬間にこの関係はきれいさっぱり失くなるのだ。つまりヒロトと俺は恋人から赤の他人になる。よく考えれば、何とも不毛な関係だったなあと思った。
「…なんか歌ってくれよ。」
「子守歌ってことかい?」
「…うん、そう」
何だか凄く寂しくなって、ヒロトにそう頼んだ。最後のお願いというやつだ。ヒロトは困った様な顔をしたが、観念したように口を開いた。不思議なメロディーで歌詞も目茶苦茶、一度も聞いたことのない歌だ。ヒロトが言うにはおひさま園で歌っていた歌だそうだ。半分眠りかけの脳に心地よく響く声は、今まで聞いたヒロトの声の中で一番好きだと思えた。
「寝たくないよ」
そうぼそりと呟くと、ヒロトが笑う声が聞こえた。うとうとと瞼が重くなってくる。ヒロトが泣き出した時、意識が完全に途切れた。



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